15 二人の昼食▼

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15 二人の昼食▼

「さっきの人、誰なの?」  十字架の店からある程度離れたところで、黙々と歩くアルベルトに声を掛けた。 「自警団のティル・ノイアー。ヴァンパイアによる犯罪はすべてあいつが担当している」 「自警団……」  犯罪を担当するということは、警察のようなものだろうか。歯型の登録をすることで、何か事件が発生した時にその歯型と一致するか調べられるのだろう。 「街で出会っても無視しろ」 「でも、怖いけど格好いい人だったね」 「………アホ」  呑気な感想を述べる私を見てアルベルトは呆れたような顔を見せて、繋いだ手を離した。  再び辺りを散策して、良い加減お腹も空いたし、どこかに入ることを提案する。アルベルトも珍しく同意してくれたので、賑わいを見せるレストランに入ってみた。 「いらっしゃいませー!」  可愛らしいウェイトレスが声を掛け、すぐに空いている席に案内してくれる。  オンモードのアルベルトの笑顔の効果は絶大で、ウェイトレスは顔を赤らめながら一番良い窓際の席へ案内してくれた。椅子に座るとドッと疲れが押し寄せる。  各々好きなものを注文して、届くのを待つ。  会計に並ぶ若い男女を見ながら私は自分の懐事情が気になった。 「そういえば、私お金ないよね…?」 「なんで疑問系だよ。番は国から給付金が出るから心配するな」 「なにそれ聞いてない!」 「聞かれてない。お前の両親もお前に多少の貯金を残しているし、金のことは大丈夫だ」  でも無駄遣いはするなよ、と釘を刺すアルベルトに私は頷いて見せる。 「……それなんだけどさ、両親って亡くなってるんでしょう?」 「ああ。番が発表された際に貰った情報シートによると、お前が子供の頃に事故死している」 「孤児だったってこと?」 「おい、まだ記憶喪失設定を引きずってんのか?」  面倒くさそうに聞き返すから、曖昧な返事を返しながら話を切り上げた。  この世界の私はどうやら天涯孤独。  アルベルトに会うまでの関係者は居ない。  自分に貯金を残して死んだいう両親の顔も、私は知らないし、もう今後は知ることも出来ないと思う。私をこの世界に連れ込んだ神様は、存在しない人間を生み出すために架空の設定を持たせたのだろうか。 「オムライスです。それとこちらサービスのミニソフト」 「ああ、ありがとう」  思考の途中で、ほかほかと湯気を上げながらアルベルトのオムライスが到着した。ウェイトレスは皿を置いた後もモジモジして席を去らない。 「あの…そちらの女性は恋人ですか?」 「いや。彼女は仕事上のパートナーだよ」 「そうなんですね!」  パッとウェイトレスの顔が明るくなる。 「恋人さんは…?」 「今はフリーなんだ。相手がいなくてね」 「良かった!これ、連絡先です!」  小さなメモをアルベルトに押し付けて、ウェイトレスは踊り出しそうな勢いでその場を後にした。この茶番の間に到着した自分のピラフを突きながら、自称厳格な聖職者を凝視するとまんざらでもない顔をしている。  誰が、仕事上のパートナーだ。  ミニソフトが付いていない自分の皿を見ながら、ひたすら皿と口の間をスプーンで往復することに集中した。 「美味しかったーお腹いっぱい」 「あの量を食い切るとは流石だな」  嫌味ったらしくニヤニヤ笑う。 「ヴァンパイアなので消費が激しいの」 「へぇ、番研修でも教わってない新たな情報ありがとう」 「その性格直した方が良いわよ」  来た道を戻っているとアルベルトが急に手を引く。  驚いて立ち止まると、耳元で私に囁いた。 「自警団たちがいる」 「!」  確かに数メートル先にたむろする黒い服を着た集団がいる。一際大きい男はティル・ノイアーかもしれない。 「回り道をしよう」  引っ張られるままに付いて行くと、人が一人通れるかどうかという細道をアルベルトはグイグイ歩いて行く。猫の道ではないかと疑いながら一生懸命追い掛けていたのに、とうとう、突き出た木の枝に髪の毛が絡まった。  アルベルトを呼び止める。 「……っとに、手が掛かるな」 「こんな変な道通らせるからでしょう!」 「仕方ないだろ。また歯形の話されるぞ」 「それは嫌だけど…」  手を伸ばして私の頭上でガサガサする、アルベルトのシャツの襟から何とも言えない香りがする。  そういえば、ヒート期間は飲まないように意識していたので、もう久しく吸血していないような気もする。そもそも時間を共にする機会もあまりなかったし。 「……ごめん、ちょっと」 「此処で?」 「うん…すぐ終わらせるから」  申し訳なくて、俯きがちに伝えた。  アルベルトが屈んで私に目線を合わせる。 「俺は本当に優しい番だよな」 「恩着せがましいなぁ、」  イラッとしながら小さな噛み跡を探す。  いつも違う場所から噛んでは、跡がたくさん残って良くないと思ったので、最近は同じ場所から吸うようにした。私なりの気遣いなのだけれど。 「おい、もっと優しくしろよ!」 「これでも気をつけてるわよ!」 「……ん、」  良かった。本当に良かった。  私がもしも男でヴァンパイアでアルベルトと番なんて組んでいたら、今頃もう襲っちゃってるもんね。力の差がある男女で丁度良かったかもしれない。アルベルトは非力な私を番に迎えたことに感謝すべきだと思う。 「アルベルト!頭押さえないでよ」 「………悪い」  私の後頭部を押さえていた手を退けるように頼むと、アルベルトは短く返事をしてフラフラと離れた。  やはり、吸血後は軽い貧血に陥るのだろうか。  だとしたら結構心が痛い。  でも、そういえば、シシリアはアルベルトにも治癒能力があると言っていた気がする。それならば、噛み跡も貧血も自分の力で治すことが出来るということではないか?  服装を正すアルベルトの首筋には、私が付けた噛み跡がポツポツと二つ並んで浮かんでいる。赤い傷は痛々しいのに、自分だけが知っているその二つの印は私を少しだけ良い気分にさせた。
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