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05 祝杯の儀▼
それから、私はアルベルトから手渡された真紅のドレスに着替えることになった。
ドレスなんて着たのは実に久しぶりで、記憶の限りではおそらく友達の結婚式以来だろう。
「ニーナ、似合っているよ!」
「………アルベルト!」
更衣室から出た私を見付けて真っ先に駆け寄って来てくれたアルベルトも、白いシャツに蝶ネクタイを締めてジャケットを羽織っている。顔の造形が良い男のスーツ姿というのは何故にこうも目に眩しいのか。
まったく付いていけない設定の異世界だけど、わりと友好的なアルベルトが番で良かったと内心安心している。彼の両親がどれだけ私を嫌っていようと、パートナーとなるアルベルトさえ私の味方で居てくれたら良いのだから。
他の参加者に倣って、差し出されたアルベルトの手を取って会場となる教会まで移動した。
「ここにいる人たちは皆、どちらかがヴァンパイアなの?」
「そうだね…番だから、そういうことになるかな」
「へえ………」
こっそりと観察するも、それらしさを兼ね備えた人は居ない。牙が生えた人なんて居なさそうだし、ヴァンパイア特有の抜けるような白い肌という特徴も共通事項ではなかった。
人種も様々なようだし、本当にここがいったいどういう世界なのか謎が深まるばかりだ。
「なんかさ、入学式とか卒業式みたいね」
「まあ、ある意味ではそうなるかもね」
「?」
「自分の一生を生贄として捧げるわけだから」
それはつまり、彼の立場上ということだろうか。
確かにサラッと流してしまったけれど、聖人でアルファ属性というアルベルトが、オメガの吸血鬼に血を提供すると聞くと屈辱的な感じもする。
だって、アルファと言えば、設定上はエリートやチートと呼ばれるハイクラスな人達なはずだ。対して、オメガは発情期がとんでもなく面倒な厄介者。
ヴァンパイアと番というだけで卒倒ものなのに、オメガという悪属性が付いていることに、アルベルトの両親が絶望するのも分かる気がする。
「……でも、私を責めてもお門違いなんだよなー」
不思議そうにこちらを見るアルベルトに、何でもないと手を振った。
祝杯の儀が始まると、地位の高そうな聖職者や王室の使いの人が壇上に上がって、ベラベラと長い祝福の言葉を述べた。
欠伸を噛み殺しながら、その様子を眺める。
アルベルトの方を見ると、優等生スタイルでしっかり前を向いて話を聞いている。この面白さの欠片もない話を表情一つ崩さずに聴けるなんて、やはり彼はある種のプロフェッショナルだ。
「そういえば、血はどうやって吸うの?」
「………!」
瞬間、周囲の視線が一気に自分に注がれた。
お偉いさんの演説が一区切りしたタイミングでコソッと聞いたつもりだったが、声が大きかったのだろうか。
「ニーナ、そういう話はあまり此処でしない方が…」
「あ、ごめんね…」
「また家に帰ったら説明するよ」
小声で答えながら、アルベルトは言い聞かすように私の手を握る。そのスマートな行動に感心しながら、また長ったらしい話に耳を傾けた。
◇◇◇
家に帰ると、既に懐かしさを感じる。
状況は相変わらず把握できていないけれど、ベッドで目覚めた時よりは現状を受け入れられている気がする。私はわりかし、異世界への順応性が高いのかも。
両親や数少ない友人のことを思うと寂しいが、小旅行的な感覚と思えばその気持ちも紛れる。もうメソメソと涙を流すこともなさそうだ。
吸血なんてする予定は一切ないが、この先に番となってお世話になるということで、親睦を深めようとアルベルトに向き直った。
「色々あったけど今日からどうぞよろしくね!」
「誰がするか、バーカ」
「はい?」
思わず自分の耳を疑った。
「まさか、本当に番になると思ったか?」
「………アルベルト?」
「冗談キツイだろ、聖人のこの俺が、何が悲しくてオメガのヴァンパイアから血吸われなきゃいけねーんだよ」
ネクタイを緩めて大きく伸びをする。
いつもの爽やかな笑顔はもうどこにもなく、気怠そうに髪を掻き上げるその姿は昼間とは別人のようだ。
どういうこと?
「だいたい昨日会った時から頭おかしい女だとは思ってたんだよ。永遠と興味ない話黙って聞くこっちの身にもなれ」
「……えっと、これは何事?」
「もう祝杯の儀は終わったんだ。悪いけど通常運転でいかせてもらうからな」
「通常運転?」
眠そうに頷きながら、机に置かれたワインの瓶の蓋を外す。
そのままグビグビ飲む様子を見て呆気に取られた。
「貴方、聖人でしょう!?お酒飲んでいいの?」
初めて会った時のアルベルトは、可愛らしくリンゴジュースをちまちま飲んでいたではないか。目の前の人物とのギャップが大きすぎて眩暈がする。
アルベルトは凄い勢いで一本飲み切ると、ニヤリと笑った。
「お前が親父に言わない限りは大丈夫だ」
「……な、なんでそんな豹変を」
「こっちが素なんだよ。聖人のアルベルトは、今日はもう閉店ガラガラだ。せっかくだし、番記念に血でも吸っとくか?」
見下したような言い方が癇に障った。
ズンズンとアルベルトに突進し、その肩に手を掛ける。
挑戦的な眼差しで見下ろす彼と目が合った。
「上等よ、覚悟してよね」
「………望むところだ、化け物」
また、この香り。
どうしてアルベルトからはこんなに良い匂いがするのだろう。甘さに誘われて、柔らかな肌に舌を這わす。
「……っは、普通に吸えよ」
「…知らないわよ。やり方分からないし」
尖った犬歯を刺すように突き立てると、アルベルトの肩が大きく震えた。
「………ん、」
「変な声出さないでよ!」
「出してねぇよ、早く吸い終われ!」
そのまま、口をすぼめてチュルチュル吸い上げると、確かに砂糖を溶かしたような不思議な甘さの液体が口内に広がった。
なんだろう、これ、止まらない。
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