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06 番記念▼
「ちょ、吸いすぎだ、おい!」
「……っはぁ…もうちょっとだけ」
五感が麻痺するような魅力的な甘さ。
流れ込んで来る血液で頭が痺れる。
なるほど、これはやみつきだ。
恐怖で腰が抜けたのか、アルベルトが床にしゃがみ込むものだから、そのまま覆い被さって吸い続ける。この時にはもう私の頭にはヨハンからの警告であったり、彼に対して自分が宣言したことなんかは綺麗さっぱり消え失せてしまっていた。つまり、理性とやらは死んでいたわけで。
「…………あ」
我に返った時には、アルベルトの身体は既にぐったりしていて、顔色は青かった。慌てて長身の彼を引っ張ってベッドまで運ぶ。
「ごめん、本当にごめん!余りにも美味しくて、つい」
「………だから嫌だったんだよ…」
「初心者だから多めに見てよ!」
「そんな理由で殺されてたまるか、」
耳元で低い笑い声がして、恋愛耐性がゼロに近い私は心臓が爆発しそうになる。いやいや、この男は聖人を語る性悪男だし、落ち着いて。
ベッドに寝かせると、アルベルトは少し窮屈そうだった。
家の構造も知らないし、とりあえず私が今朝寝かされていた部屋まで案内したけれど、もしかして違う部屋の方が良かったのだろうか。
「この部屋じゃない方がいい?」
「いや、別にここでいい」
「アルベルトってこの家で一人で生活してるの?」
「この家は仮だよ、家具も少ないだろ」
「そういえば確かに…」
必要最低限のものしか置かれていない部屋は、こざっぱりしていてショールームのようだ。
男の人の部屋だし、こんなものなのかなと思っていたが、どうやらそういう理由ではないらしい。
「ああもう、マジで面倒くさいな」
「私だって別に好きで番なんてしてないよ」
嫌々な様子にこちらも敵対心を覚えて睨み付けていたら、アルベルトは横たわったまま静かに目を閉じた。
「え、ここで寝るつもり?」
「お前な、俺は加減を知らない誰かのせいで病人なんだ」
「他にベッドって置いてある?」
「リビングにソファがあっただろ」
「いや、普通逆でしょうよ!」
「知るか。じゃあ、一緒に寝てやろうか?」
絶対思ってないくせにそんな誘いをする。
赤面して睨む私を、自称病人はおかしそうに見つめた。
「冗談だよ、オメガに発情されて襲われたら終わりだ」
「誰が貴方なんか!」
「意思の問題じゃねーんだよ」
「オメガってそんなに大変なの…?」
ふと、気になって質問する。
知識の中のオメガは、なんか、とにかく性の対象として消費されるものであって、人権なし、社会的地位なしと最低な属性だった気がする。アルベルトもさっきヨハンに薬を飲めば抑えられるとか説明していたっけ。
そんなエロ同人みたいな設定が存在するなんて、この世界はとんでもくフリーダムな場所なのでは。朝起きていきなり男性化するようなイベントが起こる可能性もある。
私が二次創作の作家だったら、涎を垂らして喜ぶかも知れないが、現実は残業地獄をループするエリート社畜なので、できればここでは平和に暮らしたい。
「自分のことだからお前の方が知ってるだろう」
「それが、実は私…貴方に会う前の記憶が曖昧で…」
どうやら転生者です、と名乗るわけにもいかず曖昧に誤魔化したところ、アルベルトは顔を顰める。本当のことなのに心底疑わしそうな目で見てくるから腹立たしい。
「ヴァンパイアでオメガってだけでも厄介なのに、記憶喪失設定まで付けるのか?」
「本当なんだってば!」
「ニーナ、俺はもう今日は疲れた。オメガの説明は明日以降にしてくれ。部屋に鍵掛けるから夜は入ってくんなよ」
「あのね。その番が人違いだと思わないわけ?」
「は?俺はニーナって女が待ってるって言われて、待ち合わせ場所に行ったらお前が倒れてたんだよ」
「それが間違いだって言ってるの。私は番なんて知らないし、ただの平和を愛する一般市民!」
「そうだな。俺の血の匂いで発情する野蛮な女だ」
「………っ!」
言葉を失った。悔しいけどその通り。
「もういいや……また明日話そう」
ただでさえ普段から酷使されているのに、せっかくの休日に、意味不明な設定を理解するためにフル回転させた脳が休息を要求し始めた。
アルベルトに就寝の挨拶を伝えて、フラフラとリビングへ歩き出す。その背後でガチャンと大きな音を立てて部屋の鍵が閉められた。
嫌な男この上ない。
いつか、本当に寝込みを襲ってやろうか?
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