09 番の研修

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09 番の研修

「ニーナ、良いお友達ができると良いね」 「その笑顔と話し方やめてくれない?」 「おっと…今日は機嫌が悪いのかな?」  怖い怖いとワザとらしく手を上げて大きなリアクションを取るこの聖人が、先ほどまで私に暴言を浴びせていた男と同一人物であるという事実をみんなに伝えたい。  オンオフの切り替えが人にはあると思うけれど、実の父親の前ですらオンを貫くのは如何なものか。  どうせなら、私の前でもオンで居続けてほしい。 「もしかして、アルベルト・ワーグナーさんですか?」  番の研修が行われるという、広い講堂内で席を探していると、前の方から体格の良い大きな男が歩いてきた。 「……ああ。そうだけど、何か?」 「やっぱり!毎週末行われているお父様の講演、いつも参加しています。いやぁ、息子さんが番に選ばれたと噂で耳にしたんですが、本当だったんですね」 「そうなんだ。父に伝ええておくよ、ええっと…」 「ルイスです。ルイス・ホフマン」 「分かった、ルイスね。君の番は?」  ルイスと名乗った男は後ろを降り返って、少し離れたところで水を飲む赤毛の女を呼んだ。  女は太陽のように輝く赤い毛を、頭上でお団子にまとめている。パタパタとこちらに駆けて来た顔はまだ幼い。 「初めまして、ルイスの番のミラ・ホフマンよ」 「ミラ、こちらはヨハン司祭のご子息アルベルトさん」 「いつもルイスから話は聞いているわ。偉大な聖職者の一家から番が出るなんて、治安も安泰ね」 「ははっ、買い被りすぎだよ」 「そういえば、貴方の番は?」  ミラの質問にアルベルトの背後からそっと顔を出す。 「……こんにちは…」 「僕の番のニーナだ。結構恥ずかしがり屋でね」 「まぁ、もうお二人はご結婚を?」 「いや。僕たちは、あくまでも吸血におけるパートナーだ」 「そうなのね。私は彼に迷惑をかけてしまうから…結婚という形を選んだわ」  言いにくそうに話すミラの肩を、後ろからそっと夫であるルイスが抱く。  お互いに支え合うその尊い姿に涙腺が刺激された。私なんて馬鹿とかアホと言われて、罵られながらここまで来たのに大違いだ。どこぞの聖人君主様にも見習ってほしい。 「吸血はどのように行なってるんだい?僕たちは注射器を導入してみたけど、あれは結構便利だよ」 「………注射器?」 「あと、凝固させてサプリメントにするのも良いわよ。携帯に便利だし、何よりいつでも摂取できるから」 「……サプリメント…」  行き交う話があまりにも想像を超えているので頭を抱えながらアルベルトを見上げると、オンモードの爽やかな顔で微笑んでいた。  昨日、私が彼の血を吸いすぎて貧血に陥った話をここで暴露したら、少しはこの笑顔も崩れるのだろうか。いや、そんなこと、命が惜しくて出来ない。  ◇◇◇  番の授業とやらは、教師による話を中心に、時にはビデオやディスカッションを交えながら進められた。今はビデオの時間で、画面の中ではあからさまに下衆な顔付きの吸血鬼が、逃げ惑う少女を追い掛ける姿が映し出されている。世間の吸血鬼のイメージ、流石に悪すぎるだろう。  午前中はなんとか持っていた私の集中力も、昼休憩を挟んで午後になると低下してしまう。頭をぐらぐらさせ、時に机に激突しそうになる私の面倒をアルベルトは熱心に引き受けてくれた。  確かに管理者としての責任は果たしてくれている。 「ーーーと言うように、個人差はありますが、1週間あたり約1000ミリほどの吸血でヴァンパイアはその身を保つことができます。番の体調などとも相談しながら、計画的に摂取するようにしてください」  眼鏡をかけた教師が説明する様子を熱心に聞きながら、アルベルトは何やらメモまで取っている。 「また、かなり確率は低いですが、皆様の中にもオメガ属性のヴァンパイアがいらっしゃるかもしれません。オメガのヒート期間における吸血行為は非常に危険です。その時期に備えて血液を冷凍しておくなど、対策をしてください」  なるほどね、ヒート期間は血を吸うなと。  この講堂の中にオメガのヴァンパイアが何人居るのか知らないけれど、私は本音を言えば彼らと共に自分の境遇の悲惨さを語り合いたい。  アルベルトのペンを借りて、ノートの隅に怒り狂う彼の似顔絵を描いたら、無表情のまま思いっきり足の爪先を踏まれた。
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