スノードーム

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「……帰るか」  暫くぼんやりしていた彼はベンチから立ち上がって扉に向かった。壁のスイッチを押してランタン風のペンダントライトが消えると来た時よりも暗くなっていた。外は相変わらず円形の中にだけ雪が降っていて自分の体ごと白く浮かび上がるような感じがした。円形から出て竹林の一本道に戻った彼は、薄暗く、何の頼りもないというのに恐れずに前へ進んで行った。 「騒がしい場所も、静かな場所も、誰かに必要とされるんだろうな」  彼は心の中でそう言った。  彼は気付けば温泉街へと辿り着いていた。ボディバッグから取り出したスマホはモバイルバッテリーに繋いだ訳でもないのに、充電に余裕がある状態で問題なく使えるようになっていた。 「写真も撮れなかったし記事には出来ないな」  と彼は言い訳をする。帰りを待つのは編集長と一人暮らしのアパートくらいなものだが、円形に雪の降るロッジが心の奥で温かな孤独をくれる。彼は退職願を出す決心をし、三年前に訪れた時に寄った老夫婦が営む飲食店を探そうと思った。 『この町がもっと賑やかになったらいいんだけどねえ』と店主は言っていた。町おこしに成功した温泉街で、老夫婦の店は見かけていなかった。外観が変わっていたり、閉店したかも知れない。彼は他にも想像をしながら、自然豊かな土地で光に集まる観光客の中に紛れていった。  雪が止んだロッジはひっそりと存在していた。午前零時になると円形の雪はすべて一瞬で溶けて無くなり、再びまあるく降り始める。何度リセットされても感情だけは積み重なっていく。
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