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「まったく……来る日も来る日も見渡す限り、雪、雪、雪……なんともはや、忌まわしい」
手頃な洞窟などがあれば良かったが残念ながら見つからず、雪山でありながら葉を茂らせた木の下に腰を下ろすことにした。ここ数日は風がなかったから、根元の地面は雪もなく乾いていて座り心地には恵まれていた。
「君にとって、雪は忌まわしいものなのか」
「当然であろう。現にこうして、雪の中を行動するだけで吾の体力を奪い続けている。雪のない山道であれば今よりよほど楽な旅路であっただろうに」
幼い頃、吾が生きていた貧民街では、突然の降雪は力尽きそうになっている人間にとっては命取りだった。普段は屋外で寝起きしていてもかろうじて耐えられる、夜の冷気。雪の夜、吾は命からがら神の家に辿り着き、暖を取れた。同じような者達が来ることを想定して、神父は眠らずに門戸を開放して待ち構えていなければならなかった。夜が明けて雪がやんでいたならすぐに外へ出て、亡くなった者がいないか捜し歩き、力尽きた者を見つけては祈りを捧げて、しかるべき処置をしてもらうための通報も同時に行っていた。
「容赦なく降る雪は、弱った命を容易く奪う。だから忌まわしいものだと、吾は思うのだよ」
「……そうだろうね。かつて、この世界を覆っていた氷雪は、その下に『命が生まれてくる可能性』を封じ込めていたんだよ。かつての僕がその雪を溶かさなければ、命は生まれてくることさえなかった。
……何度も、考えた。もし、僕が雪を溶かさなかったら。世界はあの頃の……僕達の思い出のまま、穢れなき雪の星のまま、在り続けたんじゃないかって」
「……考えて、それで? 悔やんでいるとでもいうのか?」
「いや……僕がひとりで悔やんだところで、ソウジュはそれを悔やみたくないと言うから」
「……うん?」
元より彼は太陽の神でありながら、雪の神の名であるソウジュを自称してきた。それを踏まえてなお、その言い回しは理解が難しい。
「あの頃の僕達は気付けなかったけれど……この星の全てを覆う雪を溶かし尽くすということは。この星そのものでもある雪の神も、いつかは溶けるようにその存在を消してしまう。そういう末路を選ぶということでもあったんだ。
そうして彼は消えていった。けれど……僕は、彼の全てを、何もかもをこの星から失わせたくはなかった。だから、彼の持っていた思い出を回収して、僕が持ち続けることにした」
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