原初の雪の思い出~snow ball earth~

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 常日頃、ソウジュはなるべく背筋を伸ばし、疲れた素振りを衆目に見せないよう努めているようだった。しかし、今は背後の大樹に体重を預け、些かだらしなく肩を落としてすらいる。青い瞳にはありありと疲労の色が浮かぶ。 「雪に包まれた星に宿り生まれたソウジュが、いずれ身の破滅を招く可能性を想いながらも。太陽の熱によって雪を溶かし、生命溢れる星で在りたいと願った。その理由は全て、彼の思い出の中に残っている。生態系によってこの星がどれほど穢されても、生命の営みを作ると決めたのを後悔したくない。……その意志の強さは、僕にはとても信じがたいのだけど。彼はいつでもそのことを、自分自身の幸いも後回しに出来るくらいの優先事項として、念頭に置き続けていたんだ」  ……なるほど、な。長い付き合いながら、今まで「見ない振り」に付き合ってやっていた謎。ようやく得心した。 「先ほど、雪は容赦なく、弱き命を奪うと表現したがな。そういう環境だからこそ弱き者は寄り添い助け合い、かろうじて命を繋ぐ。そんな光景も吾は幾度と見て知っている。だからこそ、雪の神は我が身を省みずとも『命には守る価値がある』と信じられたのではないかな」  幼い頃。恵まれない環境に生まれた吾にとって唯一の救いは学問だった。施しをする余裕のある立ち位置の者達が神の家に寄贈した書籍を読みふけることが何よりの愉しみだった。 『ベン学だか学モンだか知らねェが、俺達みてぇな底辺生まれが身に着けたって、何の助けになるっていうんだよ』  ろくでなしのきょうだいは吾の趣向を小馬鹿にするが、若輩だった時分はその反証が見つからなかった。  身に着けた語彙や知識は、目の前に迷える者がある時に、少しでもその心を安らかにしてやりたいと。そのために贈る言葉を選ぶ助けになる。ゆえに、吾はひとつでも多くの言葉を収集するのだよ。  先ほどまでは暗く沈んでいたソウジュの顔。その頬にほんの少し赤みが差したのを見て、吾はその答えを得たのだった。
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