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手に手を取って 5
従者であるヴァーリーに続いて馬車を下りたフォルベリッドは、作法の通りにエミリーティーヌに向かって手を伸ばした。
どんな人間が来ようが招待状の有無とそこに書かれた名前だけが重要なため、まずは招待状に書かれた家名と馬車の家門の照合がされる。
それから──
「あの……パラトゥース伯爵令息フォルベリッド殿」
「うん?何だ?」
「その……この招待状には、貴殿のお名前しか無いようでありますが……?」
「それがどうした!」
「………は?」
邪気のない、そしてタイムラグのない返答に、聞いた衛兵の方が絶句した。
「私には『婚約者』がいる!そして『婚約者』をエスコートする!それが当然!それが紳士!」
「いや、はぁ、まあそう、ですが……」
「では何の問題がある!」
「いえ、招待状にお名前がない方を入れるわけには……」
「彼女は『ヴィヴィエト侯爵令嬢』だぞ!
「えっ……はっ⁈ヴィ、ヴィヴィエト侯爵家の……?な、何故こ、こちらにっ⁈」
「えっ……」
エミリーがビクッと身を竦めるほどの素早さで、衛兵はその場に膝をついた。
「彼女は私がエスコートする!通っていいな?」
「はっ、はいっ!も、もちろんです!」
少しばかり混乱した様子ではあるが、家名を聞いた衛兵はそれ以上グダグダと屁理屈を並べることを止め、フォルベリッドの要求通りに道を開けた。
ヴァーリーもアネットも腑に落ちない顔をしているが、主人が「彼女も連れて行く」と言い、招待状を検めた衛兵が「どうぞ」と通したのだから、使用人である自分たちがこれ以上ゴネる必要はない。
というか「本当に通してしまっていいんですか?」と確認してどうするというのだろう。
そんなことをして「やっぱり名前のない令嬢を通すわけにはいかない」と言われて、やっとここまで来てくれたフォルベリッドがへそを曲げて帰るとか言い出された方が面倒だ。
そう判断した彼らは悪くない──きっと。
そうして案内されたフォルベリッドは、舞踏会会場の大広間に入場するための列を見てウンザリした顔をした。
だいたい身分の低い者から一組ずつ名前を読み上げられているため、一歩進んでは止まるの繰り返しである。
「……こっちだ」
「え?」
「庭に続くテラスがあったはずだ。面倒だからこっそり入ろう」
「えっ、ちょっと!フォッ……」
エミリーティーヌの手を自分の腕に絡めていたフォルベリッドがツッと列を離れ、庭へと向かう。
子供の頃に『王太子の側近候補』として父親に何度か連れてこられ、この辺りの廊下がどこに続いているのか知っていてよかった。
自分の従者が何か声を掛けてきたが、聞く気はなくそのままエミリーティーヌを案内する。
「子供の頃、王太子殿下の『遊び相手』として連れてこられたんだ」
「まあ!王太子様の……フォルベリッド様はやっぱり優秀なんですね!」
「ああ!当然だ!」
だが年齢が上がるにつれて、父と共に登城することはなくなったが、きっと『学業を優先させなさい』ということだったのだろう。
王太子殿下の思いやりに感謝しつつ、そんなに遠慮なさることもなかったのにと考えなくもない。
だってここで遊んでいれば、わざわざ勉強をしなくてもよかったのに──
まあそんな『いつまで』なんて言う必要はなく、ただ『王太子と顔を合わせ、遊んでいた』という事実を告げるだけでエミリーティーヌが尊敬した目を向けてくれるのだ。
ああ、過去の経験というのはとても役に立つ。
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