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決別の時 2
ダールダンはニヤニヤと嬉しそうに聞いている。
「ふんふん」
「なるほど」
「へぇ」
「そっかぁ〜」
そう、余計なことは言わず、気持ちいいくらい適切な相槌を打ってくれるから、フォルべリッドも気持ちよく『天使』への賛美と『婚約者』のつれなさ、将来を共にする相手が入れ替わってくれたら──そんな素直な気持ちをすべて話してしまった。
「じゃあ、婚約破棄しかないんじゃないか?」
「なっ…………」
「だってお前このままだと、ほとんど顔も合わせたことのない、しかもどんな話をすればいいかわからん女と一生を過ごすのと同時に、その『天使』様がどこぞの貴族様に娶られるのを指を咥えて見てるしかないんだろ?しかもそいつが純潔散らして、アレやコレやヤラシーことして孕ませて、子供産んだらまた……いや、ひょっとしたら『子供ができるまで』とか『跡取りができるまで』、『スペアの次男と三男を産むまで』とかって盛りまくって……」
「や、ヤメロォォォォォ────ッ‼︎‼︎」
想像したくもない。
『婚約者』とは十八歳を迎えたら婚姻することが決まっているが、貴族令嬢としては少し遅いくらいだ。
だがそれはフォルべリッドがちゃんと侯爵当主が務まるかどうか見極められるためであると知っているから、『婚約者』の都合などどうでもいい。
しかし『天使』はどうだろう?
彼女にはそんな責任は無い。
むしろ若くて綺麗で子を成すには不安定な幼な妻であれば、自分の性癖を刻みつけて思う様にあの清らかな体を穢すことに至上の悦びを見出すような、そんな変態趣味を持つ男を婚約者としてあてがってしまうかもしれない。
もしそんな最悪なことになったとしても、その時まだ自分はただの『娘婿』であり、これから侯爵家の様々なことを学ばねばならない未熟者であり、『天使』を守る名分など持っていないであろうことは想像に難くない。
「そ、そんな……」
「だいたい『天使』様を守るったって、結婚したての新郎が妹を愛人にしたいっつったって……おっと」
「あ、あいじん……」
フォルべリッドは自分の想い人がアーベルティーヌの妹であるエミリーティーヌだなんて一言も洩らしていない。と思い込んでいる。
が、フォルべリッドが他の物にも匂いが移るほどたっぷり香水を染み込ませた便箋セットも、その香水も、そして上等なインクと万年筆も、すべてダールダンの生家であるペルシフォット商会で購入しており、その用途は全部ダールダンに話しているのだ。
いや香水の使い道に関しては店の者の入れ知恵だが、何を勘違いしたのか「中に入れるエミリー宛ての手紙から香りが消えてはいけない」と思い込み、紙がビシャビシャになるほど振りかけたらしい。
当然のことながら上質な便箋は二度と使い物にならなくなったはずだが、そこで変な知恵を働かせ、フォルべリッドはエミリー宛ての封筒、それから『婚約者』宛ての手紙を書いた後からとそれを入れる封筒にたっぷり香水をつけることにしたのである。
おかげで世にも迷惑な『香り付き便箋セット』が出来上がったのだが、ダールダンはその話を聞いた後、父親から従業員にまで開発の話を下ろしてもらって、今や適切な香りがする便箋セットという売れ筋商品となった。
そのことに多少は恩を感じているのと、あまりに馬鹿馬鹿しいフォルべリッドの恋心を煽って遊ぶために、こうやって気の入らない会話に乗っている。
何事にも大袈裟に振る舞うフォルべリッドはまさしく『貴族の馬鹿息子』であり、ダールダンは右口角を上げて馬鹿にした笑みを浮かべているのにちっとも気づかなかった。
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