308人が本棚に入れています
本棚に追加
決別の時 4
歳は十四歳。
少女。
フォルベリッドより小さい。
もちろん『婚約者』殿より小さい。
とはいえ、この貴族学園にいるのは男ばかりなので、だいたいの似た背格好の者にマネキンをやってもらうわけにはいかない。
髪は薄い茶色。
眼は青というより緑。
フワフワしている。
天使に似ている。
あと数年もすればもっと美しくなる。
赤やピンクの花が好き。
フリルやリボンも好き。
可愛らしい動物も好き。
本を読むより美しいものを見るのが好き。
声が優しい。
知らないことを話すと目がキラキラと輝く。
コロコロと笑う。
上品である。
甘い物が好き。
「……なるほどね」
「それでだなぁ……」
「あっ、もういい」
まだまだ『天使』の自慢をしたりないと口を開きかけたフォルベリッドを遮り、ダールダンは書き留めたメモを見ながら立ち上がる。
さすがに何時間も教室に現れないというのは、外聞が悪い。
しかも次の授業は選択制で、悪いが目の前の伯爵家次男よりも付き合う益のある者たちと机を並べられる絶好の機会なのだ。
フォルベリッドの選択は鍛練の授業で、今日は父親に必ず履修しろと命じられた弓技なのだ。
「弓なんか引いたって、別に侯爵家で役に立つわけでもないのに……」
「まあまあ……親ってのは子供にいろいろと身に付けてほしいもんなのさ。俺だって、できれば青空の下、健康的に体を動かしたいってもんだ!」
「そう言えばダールは乗馬の授業は取っていたっけな……でも、何でだ?」
「こちとらしがない商人さ。卒業したら、父親の代わりに交渉に出ることもあるだろう。その時に有事があれば、一人で馬に乗らなきゃいけなくなるかもしれないからさ」
「ふぅん……」
いつも安全に護衛や従者を引き連れて馬車に揺られるフォルベリッドには、ダールダンの言う『有事』の意味が分かっていないらしい。
危機感のないお坊ちゃまは甘っちょろくてお気楽だな。
ふっと蔑むような笑みを一瞬だけ浮かべたダールダンは、すぐに顔を自分が手にしている紙へと向けた。
「ま、こんだけわかりゃぁ、何とか用意できんだろ」
「ほんとかっ?!」
「ああ、任せておけよ」
ニヤッと笑って見せれば、甘ちゃん貴族子息は完全に信用しきっただらしない笑いを向けてくる。
世の中がこんなに騙されやすい奴ばかりなら、濡れた手を小麦の中に突っ込むようなものなのに…と、ダールダンは思わず声を上げて笑いそうになった。
ダールダンにエミリーのためのドレスを注文してから数週間後──フォルベリッドは、『婚約者』殿に当てて白い手袋を贈ることをようやく思いついた。
まさか義妹のためにドレスを贈っておきながら、肝心の『婚約者』に何も用意していないのは駄目じゃないのかと指摘されたためである。
しかしどうしても贈り物に差をつけたいという欲求には勝てず、フォルべリッドはダールダンに『ささやかながら』という言葉を綴った手紙と花束をエミリーティーヌ宛につけたいとさらに注文をつけた。
贈り先に対して箱のバランスがどんなに悪いのかなど、気にも留めなかった。
というか、見てすらいない。
「出来上がった」という報告をダールダンからもらったのは王宮の舞踏会まであと2週間というところだったが、さすがに父にそのドレスを見られるのはまずいというぐらいには思ったため、自分で持って行きたいという気持ちをグッと堪え、彼の商会から『素敵にラッピングして』送ってもらったのだ。
請求書はもちろん父親というか『パラトゥース伯爵家』宛てだが、明細は『婚約者への贈り物』というぐらいで詳細は書かれていない。
その仕立て料は正当な金額だったため、特に疑われることもなかったことにフォルベリッドは胸を撫でおろした。
さすがは『救いの神』である。
最初のコメントを投稿しよう!