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決別の時 5
しかし問題が一つ──
舞踏会当日、どうやってエミリーを連れ出すか…である。
貴族の子供は男女共に十五歳から十八歳で成人とみなされ、当主の許可さえあればパートナーを連れて夜会への参加も認められている。
しかしエミリーティーヌは正式なお披露目どころか、プレデビューとも言われる当主の妻──ヴィヴィエト侯爵家であればエミリーの母ということになるが──か主催するお茶会で紹介されてもいないらしい。
要は『振る舞いがまだ幼く、人前には出せない』という意味なのだが、これではたとえ父君がエミリーのエスコート役を買って出たとしても舞踏会への参加は許されないということだ。
それこそが許されざることではない!
恋に溺れるフォルべリッドにとっては、エミリーティーヌ・ドゥ・ヴィヴィエトという少女は、もう存在だけで『素晴らしい女性』というフィルターがかかってしまっている──たとえ貴族家の夫人たちの目から見て淑女として認められるにはまだ未熟な立ち居振る舞いであっても、だ。
それ故か『結ばれるべき相手と結ばれない』から『結ばれるべき相手を救うべし』とまで思考は飛躍した。
そう意気込んで乗り込んだヴィヴィエト侯爵家では、まさかの歓迎ムードで出迎えられてしまい、フォルベリッドはいささか拍子抜けしてしまった。
「こちらで少々お待ちくださいませ」
「あっ……ああ……」
いつもならば「『婚約者』に会いにきた」というフォルベリッドに固い笑顔を向けていたドアボーイですら、何やら縋るような目付きである。
「いったい………?」
「フォルベリッド様!」
まったく理解できぬと首を傾げながらも香りのよい紅茶を口に運ぼうとした時、入室を問うために軽くノックする音もせずに突然扉は開かれた。
「エミリーティーヌ嬢!」
「ひどいわ!みんなひどいわ!」
それはまさしく天使──フォルベリッドがダールダンに任せっきりにした者の本当に良く似合う桃色のふわふわとしたドレスに、結い上げていない光に輝く薄茶色の髪をなびかせた少女だった。
しかしその目は涙で濡れており──いや、それでも上気した頬も桃色の唇も濡れていて何と可愛らしい……
そう思いながら立ち上がると、夢にまで見た瞬間が訪れた。
羽のように軽く──はなかったが、だがしっかりと男らしく踏ん張って細い体を受け止め、フォルベリッドはその背中に両手を回したのである。
「おっ、お嬢様!」
「いや、いい」
おそらくエミリーの専属と思われる若い侍女が慌てた様子で叫んだが、フォルベリッドは鷹揚に微笑んで制止すると、背中から細い腕へと抱擁を緩めて一緒にソファに座るようにと促した。
「さぁ落ち着いて、僕の可愛らしい天使。いったい何があったの?」
「だ…だって……わ、わたくしっ……こんなに素敵なドレスをいた、いただいた、のにっ……」
ポロポロと透明な真珠が転がり落ちる。
何て美しい──
「ああ、本当に良く似合っているよ」
「ほんとう?」
涙が長いまつ毛からもう一つ零れたが、フォルベリッドに向けられた顔からは悲しみよりも嬉しさが読み取れる。
ああ、もう、『美しい』よりも『可愛い』と言ってしまいたい。
それからその嬉しそうな笑みを浮かべている唇の際にキスをして、それから──
「ンンッ…」
「あっ、いや、そのっ……」
ゆっくりと瞼を閉じたその桃色の顔に触れようとした寸前──横槍が入った。
「……フォルベリッドさま……?」
「ンンッ…いや、すまない。ほら目元を冷やした方がいい。その、け、化粧をした方が……」
「……そ、そうですわね……こ、こんなっ……醜いお顔をフォルベリッド様にお見せしたりしてっ……」
またポロリと涙を溢し、片手で自分の顔を隠しながらソファから立ち上がったエミリーのもう一つの手を、フォルベリッドは急いで握った。
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