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決別の時 6
そう、今こそ──今こそ、僕は『正しい選択』をするべきなのだ!
力加減など考えずにギュッと握った指は細くて、友人と交わす握手とはまったく違う柔らかさを意識してしまってフォルベリッドの胸はドキドキと高鳴る。
それはエミリーも同じだったのか、眉を寄せて目を瞑って息を短く吐いてから唇を動かした。
「フォ、フォルベリッド…様……」
たとえ泣き続けたせいで瞼が少し腫れていても、鼻が赤く、その──洟を啜っていても、興奮してしまって膨らみ乱れてしまった薄茶色の髪も、何もかもが彼女を彩り可愛らしく美しく、そして哀れを誘う。
今心の赴くままに抱き締めたいが──それではせっかく贈ったドレスが皺になったり汚れたりするかもしれない。
「……君」
「は、はい」
エミリーの後ろから入室した若い侍女に視線を向けて呼びかけると、ビクッと反応されてしまった。
その未熟さにフォルベリッドは眉を顰めつつ、エミリーの身なりを整えるようにと指示を出す。
「時間がかかっても構わない。このドレスに似合う装飾品もつけてくれ」
「あ…あの……は、はい……」
何かを言いたげに侍女は口籠ったが、もう一人の一緒に入ってきた年上の侍女にチラリと視線を投げるとようやく素直に頷いた。
打てば響くのが良い上級使用人の条件だと思うが、どうやらエミリーはあまり大切にされていないらしい。
ではこんな家にいつまでも置いておくわけにはいかない──フォルベリッドは思わずカッとなったが、無事に連れ出すまでは冷静な振りをしていなければと、彼女が侍女に手を取られて出て行くのを見送った。
少しでも落ち着こうと冷めた紅茶を手にしたが、応接室に残っていた従僕の一人が穏やかにフォルベリッドに話しかける。
「大変失礼いたしました。こちらをお召し上がりくださいませ。エミリー様はお支度が出来次第、こちらへいらっしゃいます」
「そうか……」
使用人の質はともかく、ヴィヴィエト侯爵家でいただく紅茶はいつでも美味しい。
冷めてしまったとしても下げられたことを少し惜しいとは思ったが、新しいお茶が湯気と共にふわりと甘い香りを漂わせるのを嗅いでしまえば、確かに淹れなおしてもらってよかったと思った。
そしてお茶によって胃が刺激されると少しばかり空腹を覚え、用意されていた茶菓子にも手が伸びる。
「んっ…美味いな……」
「お褒めいただきまして、ありがとうございます」
飲み干したティーカップを下げ、また新しい紅茶を置きながら目を伏せた従僕が礼を言う。
この男はなかなか使える者のようだ。
自分が専属を選ぶとしたら、まずはこの者を候補に入れておこう。
「君、名前は?」
「フィリベールと申します、パラトゥース伯爵令息様」
「ふぅん……フィリベールか……覚えておこう」
「……え?……あ、はい……」
一瞬だけ躊躇いがあったように感じたが、気のせいだったようだ。
フォルベリッドは紅茶によく合うクッキーをもう一つ口に入れてサクリと噛みながら、うんうんと頷いて微笑みながら紅茶を啜った。
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