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手に手を取って 1
きっとヴィヴィエト侯爵家では、あまり気が休まらなかったに違いない。
「もう大丈夫ですよ!」
「えぇと……はい?」
ああ、何と健気なのか。
きっと自分が姉と差別され、虐げられてきたことを理解していないに違いない。
「ええ、大丈夫なんです。これからは私が、貴女の傷を癒して差し上げますから」
「えぇと……わたくし、どこもケガなどしておりませんことよ?」
「いいえ!そんな隠さなくてもいいのです……もう、あんな家の者たちの仕打ちなど、恐れることはないのです!」
「えぇと……わたくし、何も怖いものなどありませんわ?」
「おお!何と勇敢な!」
「あ!でも……お部屋に蜘蛛がいた時には、それはそれは驚きましたわ。普通の虫もあまり好みませんけども、もっと足が多いのですもの!でも、アレらがいることで『害虫』というものがいなくなるんですって!家庭教師は『たとえ苦手な生き物だとしてもお嬢様より儚いものですから、尊い命としてその存在を許してあげなくてはならないのですよ』と……ですから、わたくし侍女にお願いして、わたくしの目に入らないところへ出してくださいって言いましたの!」
「何と……侯爵令嬢のお部屋に悍ましい生き物が入り込むなど……恐ろしかったでしょう!そんなものの侵入を許すとは、やはりあなたへの気配りを怠っているとしか思えない……いや、何ですって?蜘蛛を殺さずに部屋から出すようにとお願いしたですって?やはり、エミリー…私の天使、貴女は何と優しい心をお持ちなんだ!」
「…え?ええ……?あ、あの……そう、でしょうか……?」
「ええ!そうですとも!」
フォルベリッドは断言したが、実のところ『蜘蛛を見て驚いた』の後からはよく聞いていなかった。
相手が返事をするかどうかを気にせず話したいだけ話していたエミリーティーヌは、微妙に噛み合わないフォルベリッドが憤慨したり称賛したりにキョトンとしたが、はっきりと言い切られて本当に自分は『優しい心で蜘蛛を見逃した』のだと自覚できる。
「まぁ……わたくしったら、蜘蛛を出してあげてって言ってよかったですのね?まぁ嬉しい!」
「ええ、ええ。それにしても……そのイヤリングやネックレスもよくお似合いですよ」
「ええ!だって、これもフォルベリッド様が贈ってくださったドレスと一緒に届けていただいたんですもの。全部ちゃんとつけてちょうだいって、わたくしの侍女にお願いしましたの!本当にフォルベリッド様はわたくしに似合うものをご存じなのですね!」
「えっ……う、うん。も、もちろん!」
頬を上気させてうっとりと微笑むエミリーティーヌにそう言われ、今度はフォルベリッドが戸惑う。
いや、そのドレスを選んだのも、装飾品を選んだのも、そして送ってくれたのも、本当は自分じゃないんだ──
だがそんなことを言ってしまったら、この天使の尊敬するような眼差しが曇るかもしれない。
ひょっとしたら「貴男が選んでくれたんじゃないんですか?」と疑う色を浮かべるかもしれない。
「貴男より、わたくしのことをよくご存じの方はどなたですの?ぜひお礼を言わせて下さいませ!」と言われ、ダールダンを紹介しなければならないかもしれない。
そしてもしエミリーの可愛く美しい笑みが彼に注がれた時、彼がエミリーに本気で惚れてしまうかもしれない。
本気で女性を得ようとしたダールダンに、自分如きが敵うことなど到底思えない。
そんな考えが過ぎり、フォルベリッドはつい自分をよく見せようという下心を持ってエミリーティーヌに微笑みを向けた。
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