手に手を取って 3

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手に手を取って 3

親し気な口調になった従者は頭が痛むかのように額に手を当て、大きく溜息をついた。 「……あのなぁ。フォル…いや、フォルベリッド様よ。貴方様に届いた招待状には同行者の名前なんか無かったんだよ!」 「………は?」 フォルベリッドの目が大きく見開かれ、エミリーティーヌも声が出ないようでポカンと開いた口元を両手で隠したまま動かない。 「そんな……そんな、はずは……」 「だから、あんたが舞踏会に行く時は!一人で!入場すんだよ!」 一人で──それは成人した貴族男子にとって『婚約者のいない未熟者』、そう宣言しているに等しい。 いや、そんなわけはない! 「だ、だって……ちゃんと、ぼ、ぼくは……あの日、『婚約者』に会いに行くって……」 「あーあーそうだよな!そうだったよな!確かそんな話だったよな?」 ガックリと肩を落とす主人を責めるかのように、従僕はさらに言葉を投げつける。 「それが気に喰わない相手だった?だからといって、蔑ろにして良いわけなんかあるか!」 「な、蔑ろ…になんて……ちゃんと、会いに行ったり……手紙を出したり……」 「でも、一度だってこっちの屋敷に呼んだことなんかないだろ⁈」 「そ、それは……む、向こうが……『こちらの屋敷には来れない』って……」 「そ、そんな……お姉様が、そんな失礼なことを……」 黙っていたためにまさかフォルベリッドの連れが話を聞いているとは思わなかったらしい従者は、震える涙声にギクッとした様子で口を閉じた。 「エ、エミリー嬢……」 「いや、その……あれ?そういや、エミリー……」 「彼女はエミリーティーヌ・ドゥ・ヴィヴィエト…ヴィヴィエト侯爵家のご息女だ!」 「えっ⁈何でそれを早くっ……いやでも侯爵家のご令嬢だろうと、成人してないことには変わりないだろう⁈」 あたふたとフォルベリッドや従者が言い合うが、今にも零れそうな涙を湛えた可愛らしい令嬢を前にして理性は溶けていく。 「……と、とにかく!僕の『婚約者』は『ヴィヴィエト侯爵家ご令嬢』なんだ」 「あっ…ああ……うん、まあ……そう、だけど……」 「だから、僕が『ヴィヴィエト侯爵家ご令嬢』をエスコートしてても、何もおかしくはない!」 「いや、おかしくないってことは……」 「おかしくないんだ!」 主人──本当の雇い主はティリベリアン・ドゥ・パラトゥース伯爵だが、まあ主人の息子であるフォルベリッドにそう言い切られてしまっては、従者としては黙るしかない。 いや、黙らず窘めるのが専属という重責なのかもしれないが、彼自身は『執事』というほど重大な役割を与えられているわけでも、報酬をもらっているわけでもない。 単に『パラトゥース伯爵家の次男に付き従う者』としか自他ともに認識しておらず、彼の教育係として期待もされていない。 命の危険でもあればともかく、『屁理屈をこねて、綺麗なお嬢さん(将来の義妹)をエスコートしていくことで、舞踏会で格好つけたかった』ぐらいで済むだろう──そう考えた。 考えてしまった。 乳兄弟として育った同い年の『ご主人』が、何を考えて『成人していない令嬢』を王家主催の舞踏会に連れて行こうとするのか、深く受け止めずに「はいはい」と流してしまったために。
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