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手に手を取って 4
フォルベリッド・ドゥ・パラトゥースとして与えられた専用の馬車に、エミリーティーヌと二人っきり──
「だと思ったのに!何でお前まで乗ってるんだ⁈」
「……まさか、正式に成婚されていないご令嬢と二人っきりにするわけなんかないだろう!」
進行方向とは逆の席にフォルベリッドと専属従者が並んで座っていたが、ギャアギャアと賑やかにやり合っていた。
向かいに座っているのはもちろんエミリーティーヌだが、その横にはパラトゥース伯爵家のフォルベリッドを世話する侍女が座っている。
ヴィヴィエト侯爵家から連れ出したはいいが、フォルベリッドはエミリーティーヌの侍女を一人も連れてこなかったため、エミリーティーヌの化粧やドレスの直しをする者としてわざわざ選抜した──とはいえ、選ばれた侍女は特別手当をその場で渡されたために了承したが、本当ならば主人夫妻及び子息たちがいない間にのんびりと過ごすつもりだった。
「……まったく、良いご身分だこと」
「ご、ごめんなさい……」
フォルベリッド坊ちゃまと、その乳兄弟である専属従者──ヴァーリーのくだらない言い合いに唇を歪め、さらに自分の横に座る上質なドレスに埋もれる年若い令嬢を馬鹿にするような目付きでジロジロと値踏みした侍女はふっと鼻で笑う。
侯爵家では花よ蝶よと丁寧に扱われることしか知らないエミリーティーヌは侮られたことがまったくなく、悪意を向けられてもどうしていいのかわからない。
「失礼だぞ!アネット」
「何だ?どうした?」
だがガタガタという振動が馬車の中は静かとは言い難いのに、しっかり聞き取ったヴァーリーが小さく窘められるし、給金とは別に臨時で賃金を出してくれたフォルベリッド坊ちゃままでこちらに注意を向けてきたため、侍女は小さく「いいえ、何でも」とだけ答えてそっぽを向いた。
「どうしたんだい?エミリー嬢?」
「あ…あの……そのっ……」
『良いご身分』というのは自分が侯爵家の娘であるということを考えれば確かにそうで、だからといって何だか褒められた感じでもない。
だがその口調を表現するにもエミリーティーヌは幼く、そして嫌味を言ったことがないためどうしていいかわからない。
問いかけられたエミリーティーヌは困惑した表情でチラチラと隣に座る使用人に視線をやるが、応えるつもりがないと態度で示すアネットを睨みつけ、フォルベリッドは彼女の意識をこちらに向けさせるために手を取った。
「まあいい……それにしても、やはり君に良く似合う……そのアクセサリーもドレスも、ことさら君を女神のように引き立てる」
「ほ、本当ですか……嬉しいですわ、フォルベリッド様……」
優しく手を取られてエミリーティーヌはポッと頬を染め、フォルベリッドはますますその様子にポォッとのぼせ上がる。
そんな二人の様子を少しばかり寂しそうな顔でヴァーリーは眺めたが、すぐに自分の前に座っているアネットに視線を戻した。
「……男爵家の出だか何だかどうでもいいがっ……かの方は侯爵家のご令嬢だぞ!ちゃんと礼儀を弁えろ」
「フンッ……本当かどうだか……」
「いい加減にしろ……フォル…ベリッド様がヴィヴィエト侯爵家をお訪ねになって、我が伯爵家にご招待されたと説明されただろう⁈」
「フン……ヴァーリーさんが一緒にいて、本当に連れてくるのを見たわけじゃないでしょ?」
「何を言ってるんだ?アネット」
「どこかいかがわしいところから拾ってきたかもしれないじゃないですか!……確かに着てるものは上等ですけどっ……」
「口を慎めよっ!」
コソコソと言い合う従者と侍女には構わず、フォルベリッドとエミリーティーヌは二人だけの世界に入り込んだまま、馬車はやがて舞踏会の会場である王宮の馬車寄せに到着した。
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