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伯爵家当主の嘆き
ガァンッ!と嫌な音をたてて、扉が壁に叩きつけられた。
片側は扉の横に控えていた従僕が受け止めたが、開けられるとは思っていなかったもう片方は壁に当たってしまった。
さすがにそんなことで壊れはしないが、とにかく私は大きな物音を立てられるのが嫌いである。
「……何事か」
秘書から報告を聞きつつ要点を纏めるためにペンを走らせていた紙から顔を上げると、そこには愚鈍そうな顔をした次男──フォルベリットが大袈裟に騒ぎ立てようとしていた。
「ダメです」
「今、旦那様はお仕事中ですから!」
「失礼だぞ!僕を誰だと思っている!」
『誰』だと?──きっと『時と場と場合を弁えぬ苦労知らずの馬鹿息子』と思われている事だろう。
本気を出せば我が息子など一撃で殴り飛ばせるだろうが、さすがに雇い主の子供を傷つけるわけにもいかず、こちらに困惑顔を向けてきた。
私としては思い知らせるためにも実力を行使してくれて構わないのだが、さすがにそうもいかず、軽く手を振って入室を許すようにと促す。
それをさも自分の実力で押し勝ったというかのように馬鹿息子は胸を張り、大ホールでもいるかのように怒鳴り出した。
「父上!」
「……聞こえている」
思わず額に手をやりボソッと溢したが、どうやらあいつの耳には届かなかったらしい。
「……お前をこんな礼儀知らずに育てるように申し渡した覚えはないぞ……早めに教育係を交代させろ」
「はい、旦那様」
父上の代に家令として仕えていたギャルトンの息子であり、そして私がパラトゥース伯爵の当主の座についてから代替わりをして側に仕えているヴィルトンに向かって告げると、委細承知と言った顔付きで頷きが返ってくる。
そんな私と彼のやり取りが気に食わなかったのか、わざわざドシンドシン足音を立てて近寄ってから、バンッと分厚い執務机を叩きつけた。
「父上!」
目の前にいるというのに、一体この馬鹿息子は家庭教師からどんな礼儀作法や心持ちを学んだのか──そう思うと頭が痛くなる。
その教師もまた私の父を教えた家庭教師から息子を勧められ、さらにその紹介で次の代をそのまま雇い入れたのだが。
「フォルベリッド・ドゥ・パラトゥース」
自分でも思ったより低い声が口から零れて息子を正式な名前で呼ぶと、さすがにビクッと身体を震わせて獣じみた顔を引き攣らせて口を閉じた。
確かに私は現パラトゥース伯爵家当主ではあるが、けっして武闘派というわけではない。
むしろ穏やかな雰囲気を出すように努め、国家のために外交を担う仕事に就いていてもおかしくないぐらいの武力しか身に付けていないのだ。
おかげで相手に侮られた態度を取られることもあるが、そんな優男に思われがちな父親に低い声を出されたぐらいで気弱になるなど、まったくもって情けない。
私は泣き出しそうな顔をして赤くなる息子に失望感を感じつつ、溜息を吐いてからようやく息子が無礼にも執務中の父親の部屋に押し掛けた理由を問うた。
「私はお前に入室の許可を与えていない」
「は…はい……」
「そんな礼儀すら忘れるほど、緊急を要するような事柄があるのか?」
「え……はっ、はい!」
そう声を掛けるとようやく言いたかったことを思い出したのか、さらに顔を赤くしたフォルベリッドは何やら期待を込めた目付きでこちらを睨みつけると、声高々と宣言してきたのである。
「僕は間違いを正す!」
──いったい何のことだ?
「僕は冷酷で人を顧みもしないアーベルティーヌ・ドゥ・ヴィヴィエトなどではなく!エミリーティーヌ・ドゥ・ヴィヴィエト侯爵令嬢と結婚します!」
「………は?」
何故わざわざそんなことを私に伝えに来たのかと、思わず間の抜けた声が零れてしまった。
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