手に手を取って 6

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手に手を取って 6

ヴァーリーが「待て!バカ坊ちゃん!」とか何とか騒いでいた気がするが、使用人が主人を呼び止めるわけはないと、フォルベリッドはまったく気にしなかった。 腕を組むのではなく手を握られて長い列を離れたエミリーティーヌが疑問に思って問えば彼の足は止まったのかもしれないが、屋敷で会った時には見せたことのない強引さとまるでこれから悪戯をするような茶目っ気のある笑みに見惚れて、そのままうっとりと付いていくだけである。 人気(ひとけ)がまるっきりないわけではなく、目立たない式服に細身の剣を佩いた衛兵が柱の陰に収まるように立っていた。 しかしフォルベリッドは落ち着いた足取りでエミリーティーヌをエスコートする様子に不審な目は向けられることはなく、テラスから室内に入るガラス戸が開かれる。 それがまるで魔法のように思ったのか、エミリーティーヌの目をキラキラとさせて自分を見てくれるのにいい気になり、フォルベリッドは素早く会場を見回して両親を見つけると、グッとエミリーティーヌの腰を引き寄せた。 「フォ、フォルベリッド様っ……」 驚きと恥ずかし気と戸惑いの混じった声でエミリーティーヌが呼ぶと、少年期を抜けかけたフォルベリッドはキリッと顔を作って愛しい少女を見下ろした。 「エミリーティーヌ嬢…いや、エミリー……今日こそ、父上と母上に君の姉上との婚約破棄を認めてもらい、新たに君との将来を約束したい」 「フォルベリッド様……」 今度は期待と甘さを含んだ声が艶やかな唇から零れ、瞳がトロンと潤む。 もういっそ、ここで口付けしてしまいたい── 子供の茶会や早い時間に終わる舞踏会には休憩室は無いが、今夜は特別に王室の客室が休憩室として開放されるはずだ。 彼女はまだ何も知らない──大人になるという、本当の意味を。 そんな不埒なことを考えてエミリーティーヌの綻ぶ唇をジッと見つめていると、不意に声が掛かった。 しかもかなり興奮気味に。 「フォルベリッド・ドゥ・パラトゥース!お前……今日は私たちと一緒に屋敷を出るのだと伝えてあったのに、いったい今までどこにいたのだ⁈しかも……彼女は……」 「父上!」 場所が場所だけに押し殺した声だったが、フォルベリッドは嬉しそうに振り返り、さらにエミリーティーヌの小さな体を引き寄せた。 「今度こそちゃんと話を聞いてください!」 「ああ、聞く。聞くから……こんなところに子供を連れてくるなんて……さあ、あちらの部屋に行こう」 「えっ?な、何でですか?まだ陛下たちがお見えではないですよね⁈」 「当たり前だ……お見えでないからこそ、早く行かねば……だいたい、エミリーティーヌ・ドゥ・ヴィヴィエト侯爵令嬢はこの舞踏会に招待されていないだろう?」 「えっ……いえ、そう、ですけど……あれ?何で父上、彼女がエミリーだとわかったんです?」 「わからないわけがないだろう……いや、それも含めて、どうしてお前がこんな暴挙を仕出かしたのか、キッチリ聞かせてもらおう」 「貴男……」 怒りのこもる声を何とか潜めながら次男を説得して連れ出そうとしていたティリベリアン・ドゥ・パラトゥース伯爵の妻が、そっと声を掛けて袖を引く。 小さく自分にだけ聞こえたその声にハッとして振り返ると、会場にいた者たちが次々と膝を折り、腰を屈め、頭を垂れていくのに気付き、慌てて息子とその連れに同じように最敬礼をするようにと叱りつけた。 事情を聴くのは、今この場に現れた最高権力者の挨拶が終わってからでなければならない──間違っても息子を暴走させてはならないと、深くカーテシーをする妻の横で片膝を床につけ胸に片手を当てて頭を下げたパラトゥース伯爵は苦々し気に眉を顰めた。
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