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宣告と決別 1
頼む、大人しくしていてくれ。
そう願うのは贅沢だったろうか──パラトゥース伯爵はバッと布が翻る音を聞いて、「もしや」と慄く。
「……あっ、貴男っ……」
息子が『彼女』を連れて現れた時に、何が何でも素早くこの場から排除するべきだった。
妻の焦った声を聞いて、願いは無残にも破れたことを知る。
「もうすでに内定を知っている者もおるだろうが……本日、正式に立太子の儀が成ったことを受け、王太子妃もまた正式に……」
「アーベルティーヌ・ドゥ・ヴィヴィエト!君は浮気していたのか!!」
「……貴男は………」
国王陛下が王太子の立太子とそれに続く慶事を告げる言葉を遮り、フォルベリッドが仁王立ちになってビシッと前方を指差した。
その指の先にいるのは──確かに彼が名前を呼んだアーベルティーヌ・ドゥ・ヴィヴィエト侯爵令嬢である。
シン……と一切の音がなくなる。
フンスッと鼻息を荒くして格好をつけたフォルベリッドには、まさしくその無音こそが、自分の舞台を整えたのだと思った。
父には『バカなことを言ってないで、自分の部屋で大人しくしていろ』と言われて従ったが、そのまま部屋で『婚約者』宛の手紙に『君がどうせ余計なことを言って、僕の邪魔をするのだろう!淑女らしく大人しくすべきだ』と書き記したのである。
それに関しての返事はまったく返しもせずにこの舞踏会に現れたが、『婚約者』は自分ではなく別の男の腕に手を預けていた。
まったくもって度し難いほど軽薄な!
フォルベリッドは正当な怒りを込めて彼女を睨み、声を張り上げた。
「君のような軽薄な女性と婚約を結んでいるなど、まったく悍ましい!即刻、婚約破棄させてもらう!」
「え……あの……?」
「フォルベリッド様……」
自分の立場を理解したのかアーベルティーヌは青褪めたが、慌てて浮気相手に視線を向けるのが気にいらない。
何故自分に許しを得ないのか──即刻その手を離し、フォルベリッドの前に跪くべきだと考えた。
そして間違いを正すべく、カーテシーの姿勢から体を起こしてうっとりと自分を見上げるエミリーティーヌにそばを離れることを詫びる。
「すまない……君の姉上を傷つけることになってしまう。しかし!僕はもうこれ以上、自分の心を偽ることはできないんだ!」
「ええ、わかっております…フォルベリッド様」
「ああ、愛しい人……待っていてくれたまえ!」
「……はいっ」
しっかとその可愛らしい手を握って、フォルベリッドはエミリーティーヌを凛々しく見つめる。
そんな二人を周囲は戸惑いと呆れを持って見ていたが、次第に一体どんな下手な劇が始まったのかという下卑た好奇心を剥き出しにしてクスクスと笑いだした。
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