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宣告と決別 2
だがフォルベリッドとエミリーティーヌにとっては、ヒソヒソと交わされる囁きも注目も自分たちのために用意された『婚約破棄の舞台』に過ぎないようで、どちらも握った手を離さずアーベルティーヌ・ドゥ・ヴィヴィエトに対峙した。
しかもどうやって入り込んだのか、フォルベリッドの従者であるヴァーリーと、昼間の立太子の儀に合わせた陞爵の儀で一代男爵を授かったベルシフォット家の息子であるダールダンが彼らの後ろに立っている。
ヴァーリーは主人と同じくキリッとした顔だが、ダールダンはニヤニヤと面白がった表情で、どちらかといえば野次馬と化した貴族たちと似た感じで事の成り行きに参加しただけだった。
もちろんその行動に理由がないわけではなく、それはエミリーティーヌのつけているアクセサリーである。
友人の『婚約者の妹』に興味を持ったのは、フォルベリッドが何度も高価な香水を買い求めたせいだ。
高価とは言ってもそれは庶民的な感覚で、伯爵子息にとっては小遣いがわずかに減るぐらい──むしろ自分の婚約者のために使えと増額された分から出しているため、それを使えばいいとしか思っていないと知った時、ダールダンにとってフォルベリッドは『逃してはならない獲物』に変化したのである。
香り付き便せん。
香り付きインク。
香り付き造花。
いいアイデアだった。
瓶に封じ込めた香水と違い、紙やインクの香りは薄くなり消えてしまう。
初めは物珍しさでも、慣れれば継続したいと思い、同じ香りの物をセットで買っていく。
更に香りをつけた造花や花を象った香り付きの小さな紙を封筒に便せんと共に入れるという、趣向を凝らしたいと思うのが乙女なのだ。
そしてそれを強要されるのが男で、恋する女性に「気持ちを表してほしい」と可愛く強請られれば財布から銀貨を取り出す──
新しい販路を見出した息子を父は手放しで褒め、珍しく売り上げ金の一部を小遣いとして渡してくれた。
まあ、あの狸親父のことだから「もっと利益の上がる新商品を持ってこい」という無言の圧力だろうが。
そんな思い通りにならないと考えていたのに、わがままを簡単に聞いてもらえたと気を許す間抜けな友人は、ほいほいと次の儲け話の素を持ってきてくれたのである。
それが『愛しい天使へ送るドレス』なる希望だった。
さすがに主観的に過ぎるフォルベリッドのエミリーティーヌ像ではサイズなどわかるわけはなく、ヴィヴィエト侯爵家お抱えの衣装師の下で働く職人と取り引きをして、肝心のサイズを教えてもらうという手間がかかった。
おかげでせっかくもらった香り付き商品からの小遣いは賄賂のために消えてしまったが、それ以上の価値を得たと思っている。
本来なら貴族令嬢のドレスを伝手も爵位もない一介の商人が勝手に作ることなどできないが、パラトゥース伯爵家子息の名前を出せば『ご婚約者様からのご依頼ならば』と承諾してもらえたのだ。
そうなれば親の商会が抱える衣装部門に『貴族令嬢の衣装作り』という箔がついた上に、噂に聞くヴィヴィエト侯爵家令嬢姉妹についても知ることができたのである。
まさかフォルベリッドの誇張などではなく姉は『理知的な美貌』であり、妹の方は『天使の如く清らかで愛らしい』という現在の絵姿を手に入れることができた。
ただの商人の息子であれば貴族令嬢との婚姻なんて不可能に近いが、たとえ一代であっても男爵位を授かれば──
まさか次女とはいえ侯爵家の令嬢が降嫁してくるならば、次代にも男爵位を継承する許可が出るかもしれない。
そのままなし崩しに数代の当主が立てば、庶民上がりであることを忘れさせられるだろう。
一石二鳥どころではない明るい未来しか見えない。
そんな下心を持ってフォルベリッドから依頼された通りにエミリーティーヌ嬢のためのドレスを仕立て、さらにドレス職人から聞き出した彼女の好みに合うアクセサリーを勝手に贈ったのだ。
それを着けて現れた件の令嬢は──自分が見た絵姿よりずっと可愛らしく、そして見立てを誇りたくなるほどドレスもアクセサリーも似合っている。
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