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宣告と決別 3
そしてフォルベリッドの背を守るもう一人──キッチリと主人に倣っているつもりのヴァーリーだが、その目はチラチラとフォルベリッドに手を取られているエミリーティーヌの美しいドレスに包まれた後ろ姿に注がれていた。
専属従者と言われているが、将来的にはフォルベリッドが婚姻によって独立した後は執事から家令となって使用人を纏める役割を担うため、パラトゥース伯爵家邸内で見習い仕事や勉強をしている。
その一環と称してたびたびフォルベリッドに頼まれ、エミリーティーヌへの恋文の文言を考えるようにと押し付けられた──ただ知恵の回ることに『婚約者』や『愛しの天使』との会話に齟齬が出ないよう、フォルベリッドはその手紙を清書するのは自分ですることは忘れなかった。
しかしその顔かたちを知らねば心の籠った言葉を綴れはしないとささやかながら抵抗し、渋々ながらフォルベリッドはアーベルティーヌとエミリーティーヌ姉妹の絵姿を渡してくれたのである。
何通も未来の主人の代わりに手紙の内容を考えたヴァーリーが見たのはそれだけだったが、フォルベリッドが連れてきた少女に実際会ってみれば絵姿は所詮絵姿でしかないと知った。
いや貴族の絵姿なんて見栄と婚姻のために実物よりずっと美化して描かれることもないわけではないが、この姉妹において絵姿は真実であり、むしろそれ以上の存在だった。
「なんて可愛らしい……」
思わず漏れた声を聞き咎めたのが、一緒に応接室に入ってきた執事の一人で助かった──これが執事長だったとしたらパラトゥース伯爵次男の専用執事どころか、従僕としても失格とこの家を放り出されていたかもしれない。
ジロッと睨まれてしまったが軽い咳払いだけで罰は免除してもらえたようで、改めてこの儚さそうな少女がフォルベリッド様が会ってもらえない『婚約者』よりもずっと好意を抱いている妹君なのかとジロジロ見てしまう。
理由はわからないが『婚約者』の代わりに相手にしてもらっているから惚れ込んでいるに違いないと思っていたが、エミリーティーヌは自分の想像を超える可愛らしい令嬢であり、彼女より美しいと絵姿だけ見て思った姉君であれば実物はいかほどか。
ああ──後継者にならないとはいえ侯爵令嬢を娶るには、さらに後継者ではない子爵家の次男である自分では身分が足りない。
いやしかし、いずれフォルベリッド様とアーベルティーヌ嬢が婚姻すれば顔を合わせる機会もあるはずで、まだ婚約者が決まっていないのであれば自分が親切に接すれば少しでも心を傾け、『令嬢のわがままで』自分を望んではもらえないだろうか。
そんな下心をチラッと持ってしまった──それも一瞬だけ。
どう見てもエミリーティーヌ嬢は、『姉の婚約者』に対して『義妹』以上の気持ちがあるのは見てわかったし、それ以前からずっと『婚約者』にかこつけて彼女に贈り物をするようにと自分に命じていたフォルベリッド様の心は、『婚約者』様ではなくその『妹』様にしかないことはわかっている。
わかってはいるが──だがもしフォルベリッド様の婚約破棄が認められ、万が一この可愛らしい天使様と結ばれた後に自分が専属執事になれば、ゆくゆくは執事長となり、奥様となったエミリーティーヌ嬢と言葉を交わす機会も自然と生まれるはずだ。
たとえ彼女自身を妻にと望めずとも、主人に代わって手を取ることぐらいはできるかもしれない。
主人の恋心を若さゆえ自分のものと勘違いしてしまったのと、実際にエミリーティーヌを目にした瞬間に心を奪われてしまったからこそ、主人と主人の想い人を守ろうとその背を守る位置に立ってしまった。
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