宣告と決別 6

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宣告と決別 6

言っては何だがパラトゥース伯爵は肉体派ではなく、頭脳派である。 口は回るが、手が出るというタイプではない。 だが、さすがに今の息子の暴言を「まあまあ」と窘める程度で納めることはできず、感情のままに腕を振り降ろしてしまった。 「……しかし」 「どうなさいましたの?」 さすがに王家の面前で成人に該当する年齢に達した息子を殴り飛ばしたという事実に震えはじめた夫を見て、妻がそっと聞き返してくる。 顔を見れば、彼女の表情も具合悪そうだ。 「んんっ……ふむ…パラトゥース伯爵」 「はっ」 声を掛けてきたのは国王陛下ではなく、アーベルティーヌの手を取っている王太子のマリュオンス殿下である。 そのことに気付き、反射神経で返事をしたパラトゥース伯爵は慌ててまた臣下の礼を取った。 「ちっ、父上っ」 「良いからお前は黙っていろ!というか、ちゃんと跪かんかっ!」 「えっ…なっ、何で僕がっ……」 『僕が』も何も、声を掛けたのは王太子であり、掛けられたのは伯爵位の臣下である。 そこに理由はない──はずはなく、その身分差こそ理由であると、何故理解できないのかとパラトゥースの妻は夫に倣って淑女の礼を取って俯いたまま顔を顰めた。 チラッと視線を投げれば一応エミリーティーヌは腰を屈め──いや、座り込んでいるのだと理解し、どうしようと気が遠くなりそうになる。 「その……申し訳ないのだが、先ほどからそちらの青年……どうやらパラトゥース伯爵の息子のようだが」 「はっ…不肖の息子でして」 「ああ……で、何と申すのかな?」 「えっ」 「どうやら私はアーベルティーヌ嬢を通しても、彼と面識を持った記憶がないのだ。彼の名を教えてほしい」 「はっ……」 先ほど大声で名乗ってから『婚約者』との決別を宣告し、新たな『婚約』を発表したが、そのことは綺麗にスルーされた。 ということだけは素晴らしいまでの速さで理解し、フォルベリッドは泣きそうな顔で座り込んでいたエミリーティーヌに手を差し伸べ、今度もまた父親に遮られる前に元気良く名乗りを上げた。 「我が名はフォルベリッド・ドゥ・パラトゥース!パラトゥース伯爵家当主ティリベリアンの次男である!貴様は」 さすがに『貴様は誰だ』など不敬罪などと軽い刑罰で済むはずのない発言をされる前に、またしても父親が襟首を掴んで引き倒した。 「もっ、申し訳ございません!王太子殿下っ!」 「いや、なかなか面白い青年のようだね。名前はわかった。では、これから後のことは別室で話そうか?本来ならば国王陛下と王妃陛下にご挨拶をなさるのが慣例だが……ずいぶん型破りになってしまったため、まずはお二人のファーストダンスをご披露いただければ……」 「そうだな。しかし余と妃では華も少なかろう。王太子とアーベルティーヌ・ドゥ・ヴィヴィエト侯爵令嬢も共に……いかがかな?」 「ええ、陛下の仰せのままに」 今も仲睦まじい国王と王妃が顔を見合わせ微笑み合ってから王太子とその婚約者に頷くと、王太子は胸に手を当てて軽く腰を折り、アーベルティーヌも浅くカーテシーをしてから足並みを揃えてダンスのために皆の前に出る。 そして同じタイミングで同じダンスを始め──会場中の注目が二組の高貴なペアに集まった隙に城の従者に案内され、パラトゥース伯爵夫妻と息子、そしてその『婚約者』はこっそりと大広間を後にした。
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