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誤解と理解 2
ひっそりと会場を後にする人影が、一人。
何故か衛兵に咎められることもなく、用意よく準備が整った家紋なしの馬車に滑り込む。
「……まったく……番狂わせもいいとこじゃないか」
別に仮面を被っているわけでもないが、あの大広間にひしめく貴族たちの間を目立たずすり抜けたのは、ダールダン・ベルシフォットだった。
金に飽かせて見かけばかり派手で乗り心地など考慮されていない貴族たちの物とは違い、この国よりも技術的に進んでいる国の馬車を解体したり改造したベルシフォット商会の乗り物は人が乗る物も荷物を運ぶにも快適で、次に解決すべきは室内気温の安定化をどうするか──この馬車のオリジナルを作った国よりも先には『動力』という見たこともない動物ではない何かで馬車を引っ張ると聞いている。
「そういえば、あっちに誰かやりたいって親父が言ってたな……」
ほとぼりが冷めるまで、自分が赴くのもいいかもしれない。
出来ればその時には彼女を連れて──ダールダンはふわふわとした少女を思い浮かべた。
必須というわけではないが、言葉の通じる美人が横にいてくれれば、異国での心細さやつまらなさも軽減されるではないか。
それがあの少女だったら──
「────…………あれ?」
パタパタと水が膝に落ちる。
誰もが見ないようにと努めていたあの瞬間も、彼だけはジッと見つめていた。
拘束され口を塞がれていながら、抵抗するように暴れてひたすら彼女に伸ばされた手を──その手に縋ろうと伸ばされた細い指を。
自分には、絶対伸ばされないその白い腕を。
『まあ!素敵!これもフォルベリッド様が?』
『いえ…そちらは、わたくしから。彼が貴女に似合うドレスを用意しましたが、アクセサリーまでは気が回らなかったようで』
『そうなの……では、これはフォルベリッド様には内緒なのね?』
『ええ……内緒、です』
『内緒』といいながら綺麗な笑顔を向けてきた彼女は、きっと『素敵なドレス』をさらに映えさせるそのネックレスや腕輪や髪飾りなどに感激し、だから自分と秘密を共有しようと──つまりは、彼女の心の隙間に自分が潜り込めたのだと。
『ウフフ……きっと、フォルベリッド様はわたくしを見て喜んでくださるわよね?このドレスと飾りを付けるまで、ぜーったいお礼を言わないようにしないと……うふふ、楽しみ!ありがとう!えーっと……』
悪気なくはしゃぐ彼女は最初に名乗ったはずの自分の名前をすっかり頭から消しており、髪飾りから片手を外して自分の方に差し出すこともせず、さらには顔も逸らしてそばに立つ侍女に当日はどんな髪型にするべきかという相談まで始めてしまったのである。
その後も退出する時ですら『フォルベリッド様が…フォルベリッド様は…』と言うだけで、ダールダンの手に自分の指を乗せることすらしなかった。
「………………嘘、だろ………」
震える口を覆ったダールダンが膝を濡らすのが自分の涙だと理解した時、彼は気が付いた。
常に『自分は伯爵家の息子だから』とふんぞり返るフォルベリッドへの嫌がらせの意味も込め、そして彼の愛する者の気持ちを奪って二人を弄ぶつもりだったのに、先にダールダン自身があの『天使』に落ち、そしてもうあの瞬間に失恋していたことを。
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