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出会った『運命の君』 1
その朝、十歳のフォルベリッド・ドゥ・パラトゥースはドキドキと期待に込めた目で大きな屋敷の門を潜った。
もちろん徒歩ではなく、父と同乗したパラトゥース伯爵家で一番立派な馬車に乗ってである。
五歳の時に婚約が内定した令嬢と顔合わせをし、正式に書面を交わすため父親に連れられてやってきたのだ。
初めてこの屋敷を訪れた時は「広い公園だなぁ」ぐらいしか思っていなかったが、その記憶は間違っており、伯爵邸などとは比べようもないほど広く大きい建物である。
城のような家が目の前に現れ、自分がこの屋敷の主になるのかと気分は天にも昇るほどとなった。
何せ自分には五歳上の兄がおり、すでに将来有望な次期伯爵として評判を博している。
歳の差があるのだから自分がまだ至らないのは当然で、父や母だけでなく、使用人までが『愚弟』と侮ってくるのが許せなかった。
そんな兄を見返せるのかと思うと、ちょっとくらいふんぞり返っても許されると思う。
なのに兄であるバリチアンは冷たい目で、背すらも自分に劣るフォルベリッドを見下ろして鼻で笑ったのだ。
「思い込みも大概にしろよ」
と。
「なあにが思い込みだ!」
ふんっと鼻息荒く、脳内でせせら笑う兄を吹き飛ばしたが、父であるティリベリアン・ドゥ・パラトゥース伯爵は何も言わずに溜息をついた。
きっと兄は父から『アン』という名を受け継いだから、母方の『リッド』という名前を継いだ弟を馬鹿にしているのだ。
きっとそうに違いない。
だがそんな兄との差も、自分が侯爵家当主になれば立場が逆転するのだ!
そうして通された応接室はまさしく『大人が居るべき場所』と言える重厚さで、思わず口をポカンと開けて立派なシャンデリアを見上げてしまった。
もちろん伯爵邸にも身分相応な応接室や大広間があるのだが、残念ながらフォルベリッドは立ち入りを許されていないため、自分が知る食堂や子供部屋と思い比べてその狭小さに悲しくなった。
父は落ち着き払って出された紅茶を飲んでいるが、こうやって初めて『大人のような扱い』をされたフォルベリッドはようやく居心地悪さを感じてソワソワとしながら、高そうな茶器に触れることもできずに見るだけである。
「……待たせたかな」
「ヴィヴィエト侯爵閣下」
扉が開く前に父はティーカップをさりげなく戻して立ち上がり、フォルベリッドが慌ててそれに倣った瞬間に、彼は現れた。
客人を待たせたというのにその態度はゆったりと余裕があり、悪いと畏まる様子など一切無い。
これが伯爵家より上位の貴族──侯爵家の威厳というものか。
幼いながらフォルベリッドは自分もいずれああして客人を通してから悠々と現れ、頭を下げられる立場になるのだ。
その相手は──父か、兄か。
思わず笑い声が漏れそうになったが、それを押し止めたのは大きな侯爵の後から入ってきた金色の少女だった。
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