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誤解と理解 3
シュンとした態度で自分の主人を──正確には、次期パラトゥース伯爵バリチアン・ドゥ・パラトゥース爵子に雇われた兄のディーリーから推薦されて側付きとなったのがフォルベリッドなのだが──見、それから彼のそばで悲し気な表情を浮かべている少女を見つめるのは、専属従者として連行されたヴァーリー・ドルンである。
「……いったい、お前はどうしたって言うんだ」
「……申し訳ありません、兄様……」
それがこの部屋に入ってから交わされた兄弟としての会話で、しかも兄と再会したのはバリチアンが領地見回りに行って以来なので、数ヶ月ぶりとなる。
「久しぶりだ」「元気だったか」等という心温まるようなものではなく、聞いたこともないような冷たい声音に首を竦めたが、その一言以外ヴァーリーは声を掛けられることなく見えない壁に隔てられたように無視をされ続けた。
そしてヴァーリーが仕えている人間は今また猿轡をしっかりと嵌められ、しかも身動きが取れないように拘束され続けている。
何せ口から邪魔な物が外された途端、王太子婚約者への罵詈雑言と彼女の妹がどんなに素晴らしい人かという叫び声だけで、どんなに父親が諌めて叱りつけようとも聞かず、最後にはどちらも怒鳴り合いになってしまった。
さらに暴れて衛兵たちの手から離れてしまったのも『危険人物である』と判断されたため、キッチリと拘束され──つまり自ら墓穴をどんどん掘ってしまい、ヴァーリーが止めることもできなかったのである。
「……父上、落着かれましたか?」
この部屋にいる人物で一番落ち着いているのは、きっとバリチアン・ドゥ・パラトゥースだろう。
王宮の中でもこういった応接室で接客するパーラーメイドに合図をし、ハァハァと肩で息をつきながら頭をかかえる父と、今にも倒れそうな顔色の母にお茶を入れてもらってから自分もカップを持ち上げた。
「戻って早々すまないな、バリチアン」
「いえ。いずれは気付くものだと思ったのに、まさか今夜まで引き摺るとは思っていませんでしたよ」
「それは私もだ。いや、きちんと贈り物をしてもいたし、会いにも行っていたから……」
「だそうだけど?ヴァーリー、お前はいつもフォルにくっついていたはずだ。何と言って出かけていたんだ?」
「……っえ?」
突然話しかけられ──しかもご当主ではなく、その後継者にということで、ヴァーリーの反応が一瞬遅れた。
兄にトンッと強く腕を小突かれ、パッと顔を見上げた後に主人一家の方に向き直ってから、少し考えこむ。
『婚約者』の家に行く。
『婚約者』に贈る。
『婚約者』へ届けるように手配しろ。
「……いつも、『ご婚約者様』へと」
「間違いないか?」
「はい」
少年従者が名前ではなくただ『婚約者』と言うのを聞き、パラトゥース伯爵は言葉を封じられた息子をキツイ目付きで睨んだ。
その険しさに圧されたようにカクンとフォルベリッドが頷くのを見、何となくすれ違いの一端を察知する。
「その『婚約者』の名前は?」
「え……えぇと……」
フォルベリッドはいつも『婚約者』と『僕の天使』という表現でしか話さず、当然ヴァーリーはそれをアーベルティーヌ嬢と妹のエミリーティーヌ嬢のことだと捉えていた。
だから当然──
「なるほど」
「いや、父上……あいつは最初っからそうでしたよ」
「な、何だと⁈」
ハァ…と溜息をついたバリチアンが指摘すると、パラトゥース伯爵夫妻はどちらも驚愕に目を剥いた。
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