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誤解と理解 4
長男があっけらかんと指摘する言葉に、パラトゥース伯爵とその妻は絶句した。
「ど…どういう……?い、一体……何故……?」
「俺はまだ当時は婚約状態でしたから、父上がフォルをヴィヴィエト家に連れて行くのについていきませんでしたから、伝聞になりますけど」
「で…伝聞、だと……?」
あの当時──フォルベリッドはアーベルティーヌと共に十歳で、バリチアンは十五歳で貴族学園に通いながら同い年のレミアニス伯爵家次女であるジュリアーニアと婚約していた。
無事に入籍して今は三歳になるかわいい孫娘と、もうすぐ一歳になる嫡男を授かって夫婦仲も良いが、今夜はこの夜会に参加していない。
だから両親とは別に学園時代の友人たちと入場していたため一緒にはおらず、先ほどの騒ぎを遠巻きに見ていたのだが──
「まあ……最初はさすがに本人の口からでしたが」
「な…何と……?」
「この僕が、あんな冷たい女と婚約するなんてあり得ない!」
「は?」
バリチアンの妻であるジュリアーニアは確かに淑女としても伯爵家次期当主の妻としても望ましい貞淑さを持ってはいるが、朗らかで優しい娘だ。
しかもパラトゥース伯爵から見て息子夫婦は婚約時代も婚姻して四年目となる現在も仲睦まじく、冷ややかな空気を感じたことなど一度もない。
いや、それでも四六時中監視しているわけではないから、自分達に見せる顔や家族としての姿とは違う言い合いぐらいはあるかもしれないが──
「俺の言葉じゃありませんよ」
「え?」
「全部、あのバカです」
見た目は美しいかもしれないが、まるでこちらを見もせずに『天使』だけを気にかけている。
『天使』はあんなにか弱く細いのに、力いっぱい引っ張るなんて信じられない。
『婚約者』が月の光なら、『天使』は太陽の光だ。
月の光は温めてくれないが、太陽の光は温めてくれる。
だから僕は──
「ちょ、ちょ…ちょっと待て⁈」
「何ですか?」
フンッと鼻で笑いながら、バリチアンは父からの問いかけに唄うように並べていた言葉を切った。
「お、お前の言う『婚約者』…とは……?それに『天使』?……いや……」
「ちゃんと知りたければ、直にお聞きにならなければ……父上も、あいつも、お互い言葉が足りてないんですよ」
「言葉……」
息子の言葉に考え込んだが、意味がわからず唸ってしまう。
それをバリチアンは呆れた顔で一瞥してから視線を末席に座らされた弟へ向けた。
「フォル…フォルベリッド。お前、何で王太子妃殿下となる方を、自分の『婚約者』だと思ったんだ?」
「………エ?」
何を聞かれたのか理解できないのか、ぼんやりした目でフォルベリッドは目を上げて自分の兄を見つめた。
「な…何で……って……だ、って………」
問われても理解できない。
そんなふうに思っているだろうその顔は父にそっくりだ──自分ではまったく気が付いていないが。
バリチアンは肩を落とす父と自分と同じように呆れた顔をしつつ夫の背中を優しく撫でる母を見、それから間抜けな表情をしている弟とその隣に座らされている事情をわかっていなさそうな『天使』を見てから、自分の専属執事であるディーリーと体を縮めているその弟のヴァーリーと順番に、だがさりげなく視線を動かしていく。
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