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誤解と理解 5
そうして不自然な沈黙を誰もが続けていると、年配の侍従服を着た者が恭しく両開きの扉を左右から開いた。
それは先に部屋に入ってきたパラトゥース伯爵一家やその侍従、そしてヴィヴィエト侯爵家の令嬢が入ってきたのとは反対方向にあった豪華な扉である。
そんな扉が開かれたということは──
バッとパラトゥース伯爵とその嫡男が揃って立ち上がり臣下の礼を、そして伯爵夫人が中腰から床に沈む淑女の礼を取る。
大人たちが姿勢を正しているのに、フォルベリッドとエミリーティーヌ嬢はただ呆然と眺めているだけだったが、背後にサッとディーリ―が近付いて他の者には聞こえない声で忠告した。
「フォルベリッド様、エミリーティーヌ様…王族の方々が入室されます。ご入室の口上の前に臣下の礼をお取りくださいませ。不敬罪で処罰されますゆえ」
さすがのその言葉に二人は青褪め、慌ててそれぞれ教え込まれた姿勢となった。
間一髪。
ではなく、単に状況を飲み込めずもたもたしていた二人を待っていた城の侍従長が室内にいる全員が視線を床に落としているのを確認し、厳かに声を張る。
「……輝ける太陽、偉大なるレオリース王国クラスリオ・ピェシャール・ドゥ・ノートルモナス国王陛下と、対の輝ける月、麗しきレオリース王国ジャネス・ディファー・ドゥ・ノートルモナス王妃陛下のご入室です」
その言葉でコツ、コツと足音が聞こえる。
じゃあもう頭を上げていいな──
と、わずかに動いたフォルベリッドの頭がグッと押し付けられた瞬間、言葉が続いた。
「次なる若き太陽、レオリース王国マリュオンス・ローリ・ドゥ・ノートルモナス王太子殿下と、対の若き月、アーベルティーヌ・ドゥ・ヴィヴィエト侯爵令嬢のご入室です」
「アーベグフッ!」
フォルベリッドは『婚約者』の名前を聞いた瞬間、反射的に頭を上げて叫ぼうとしたが、すかさず口を塞がれヘッドロックを掛けられて身動きが取れなくなった。
「……馬鹿かお前。本当に不敬罪で牢に放り込まれるぞ?」
モガモガと暴れるフォルベリッドを抑え込んでいるのが兄のバリチアンだと知り、何故かさらに暴れ出す。
「オイコラ!本当に何考えてるんだお前は⁈陛下や王太子殿下たちの御前で……」
「ウガガ……」
「お、お姉様っ⁈」
せっかく弟を押さえたというのに、未婚の少女ということで誰も注意を払っていなかったもう一つの爆弾──エミリーティーヌがフォルベリッドの代わりに声を上げてしまい、パラトゥース伯爵とその跡取りが次男の失態を取り繕うために与えられた時間は無駄になってしまった。
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