誤解と理解 6

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誤解と理解 6

身動きも声を上げることもできないフォルベリッドに代わって、抗議の声を上げたのは他でもないエミリーティーヌ・ドゥ・ヴィヴィエト──アーベルティーヌ嬢の妹である。 居室の中にはちゃんとパーラーメイドもいるのだが、まさか大人しそうな顔をした成人前の侯爵令嬢が誰の制止も受けずに、そして誰の許可も得ずに発言するなど思いもしなかった。 「お姉様!酷いですわ!フォ、フォルベリッド様にお会いにもならずに……どうして……どうして、王子様とご婚約なんて!ズルイですわ!」 「…………」 いかにも悲しそうに手を胸の前に組み、気持ちも涙もたっぷり込めた儚そうな妹に向かって、だが姉は何も言わない。 ジッと無言で妹を見つめる切れ長の目は悲しそうで、フワフワとした金髪の『天使』に例えられた令嬢とは正反対の艶やかなストレートヘアを軽く揺らしてから小さくお辞儀するように顔を俯けた。 「どうしてっ……どうして何も言って下さらないの⁈そ、そんなにエ、エミリーのこ、ことがっ……」 ワッと泣き出した令嬢を抱き締め慰めようとフォルベリッドが藻掻き、諦めたようにバリチアンが手を緩めた瞬間、スルリと兄の腕を抜け出して代わりに愛しい人を抱き締める。 それは舞台の上であれば美男美女の悲哀の一幕として見応えのある場面だったかもしれないが、いかんせんここは王宮──そして目の前にいるのは国王陛下と王妃陛下、そして王太子殿下と王家に使える者たちばかりで、悲嘆に暮れたいのはいっそパラトゥース伯爵家関係者の方だった。 「……どうやら落ち着いたようだな」 子供のように顔を持ち上げ大きな口を開けて泣き喚いたわけではないが、とりあえず貴族令嬢としてはあまり見映えがいいとは言えない泣き声がしゃくり上げにまでトーンダウンしたところで、ようやく国王陛下が口を開いた。 時間にすれば三十分弱と言ったところか──さすがに国王夫妻は席についていたとはいえ、その間は使用人だけでなく、王太子のマリュオンス・ローリ・ドゥ・ノートルモナス殿下とその婚約者であるアーベルティーヌ・ドゥ・ヴィヴィエト侯爵令嬢に、パラトゥース伯爵夫妻に嫡男のバリチアンまでもがずっと立ちっぱなしだったのである。 だというのに、泣いているエミリーティーヌとその細い体を抱き締めたフォルベリッドは、許可を得たわけでもないのに国王陛下の向かい合わせになるソファにしっかりと座っていた。 二人がそれを不敬だと知っているのか──「座れ」と言葉ではなく手の一振りでパラトゥース伯爵家の者たち、そして王太子と婚約者がそれぞれ左右に分かれて席に着きながら、どこから下の息子の教育を間違ったのかとパラトゥース伯爵は表情を曇らせた。
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