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説明と罰 4
とにかく当主夫人たちの心の安寧は守られる約束ができた。
その後の夫婦の力関係は──それぞれの家で話し合えばよい。
「それから、王太子殿下の婚約者であられるアーベルティーヌ嬢‥…いえ、アーベルティーヌ様への傲岸不遜な手紙を送りつけた件ですが」
「……陛下、わたくしから発言させていただいてもよろしいでしょうか?」
バリチアンが意気揚々とさらに弟の愚行を晒そうとしたが、それを遮るように涼やかな声が部屋に流れた。
「ああ、許可しよう、我が未来の娘よ」
「ありがとうございます」
腰を屈め視線を床に落としていた令嬢は、婚約者に手を添えられてスッと上体を起こした。
その動きはただ頭を上げただけだというのに流れるようなその動きに、澄ました顔の王妃以外の誰もが目を奪われる。
それはもちろんグスグスと泣いていたエミリーティーヌも例外ではなく──
「エミリー」
「……は、はい…お姉様……」
「エミリーティーヌ・ドゥ・ヴィヴィエト侯爵令嬢」
「……え……、は、い…な、何ですか、お姉様?」
何度も名前を呼ばれることに疑問を覚えたのか、やや苛立ったような声でエミリーティーヌが少しだけ力を込めて姉を見る。
いや、睨みつけるに近いかもしれない。
「貴女は……本当に、わたくしの言葉を聞いていなかったのですね?」
「え?」
「わたくし、いつも貴女に言っていましたでしょう?『お城で妃教育を受けるため、お出かけします』と」
「え……で、でもっ……」
「貴女の養育はお母様ではなくわたくしが監督していましたから、勘違いをしていたのかもしれませんが」
「勘違い……?」
「ええ。お母様は領地で療養なさっていましたし、幼児期を過ぎて社交界に出るための教育監督はもちろんお母様でしたが、貴女はいつも『お母様のお話が難しくてわからない』とわたくしのところに逃げ込んできましたわね?」
「え……だ、だって……」
ウロウロとエミリーティーヌの視線が動いたが、アーベルティーヌは小さく溜息をついただけで言葉を続ける。
「わたくしは朝からお屋敷にいませんでしたから、その様子は侍女たちから聞くだけでしたが……貴女は、わたくしがお母様のお話を聞くのが嫌で、お屋敷を出て遊んでいると思っていたようね?」
「だ、だって……『きさききょういく』って意味がわからなかったんですもの……わたくしのお勉強は、朝のうちに文字を書いたり本を読んで、おやつの時にお行儀のお勉強で……ほ、本当に辛くって……お、お母様がもう厳しいお顔でおっしゃるから……」
またグスッと泣き出したエミリーティーヌに「可哀想に…」と呟いて寄りそうのは、もちろんフォルベリッドだけである。
普通に『貴族令嬢としての嗜み』を教え込んでいただけのヴィヴィエト侯爵夫人は、それすらも「厳しかった」と言われてふらりと倒れかけた。
本当に厳しいのはアーベルティーヌの方だとわかっていないのかと、ヴィヴィエト侯爵も妻を支えつつ難しい顔つきをする。
エミリーティーヌの言った読み書きなぞ貴族令嬢としては必要最低限の教養だが、姉の方はさらに上の教育──王子妃として外交したり経済や文化に関する教育、国賓として招いたり招かれた場合の作法やダンスなど、朝から夕方まで教育係と顔を突き合わせていたのだ。
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