272人が本棚に入れています
本棚に追加
説明と罰 5
姉は──おねえちゃまは、ずっとズルかった。
何をやっても褒められて。
自分は何をやっても「仕方ない」と呆れた顔で笑われて。
「ちゃんとしなければいけませんよ」っていつも言っていたけど、「ちゃんと」の意味が解らなかった。
だいたいそう言っていたのはいつもおねえさまで──あれ?でも、いつの間にかおねえさまは一緒にいてくれなくなったわ。
とっても素敵な馬車がいらっしゃって、お父様だけじゃなくお母様も素敵にお着替えなさって、とっても綺麗なドレスを着たお姉様がお呼ばれしてその馬車に乗って行ってしまわれた後からだわ。
それからいつもお姉様はお部屋にいらっしゃらなくて──フォルベリッド様がいらっしゃるってわたくしの専属だと言われた侍女から教えてもらったのに、いつもいらっしゃらなくて。
だからわたくしがお相手して差し上げたのよ?
でもお姉様が帰っていらっしゃるのは、いつもお父様より少し前ぐらいで。
『淑女はみだりにお屋敷を出てはいけません』って言われてたのに、お姉様だけいつもズルかったわ!
お庭は出ても良いと言われていたけど、門の外に出てはいけなくて──だから、今日は本当に嬉しかったわ!
門の外に出たどころか、お城にまで来れたんですもの!
でもそうしたら、もっと綺麗なドレスを着たお姉様が、『婚約者』だという王子様と一緒にいらっしゃって──
『婚約者』が二人もいらっしゃるなんて、ズルいですわ!!
「ウワァァァァァァァンッ!お姉様はズルいですわっ!!」
いつの間にか俯き黙っていたエミリーティーヌが顔を覆って声を張り上げると、部屋にいる誰もがビクッと驚いた。
『お姉様はズルい』という思考がグルグルと脳内を巡っていたエミリーティーヌは自分が一言も声を上げていないことを自覚しておらず、溜まりに溜まった嫉妬心からくる最後の一言だけを吐き出したのである。
さすがにそこだけを言われても最後に発した『お母様が厳しくて…』という言葉と関連付けられず、同室する者たちは理解できずに泣きじゃくる令嬢を見つめるだけだった。
とにかくエミリーティーヌの頭の中には差別された姉妹、優遇された姉と放置された自分という図式しか展開されず、愛しいフォルベリッドの腕に縋って誰の言葉を聞く様子もない。
さすがに呆れた国王陛下がヴィヴィエト侯爵夫妻とパラトゥース伯爵夫妻に向かいこの二人の婚姻を認めないと宣言した。
「し、しかしっ……」
「これは…その……」
確かに妻に内緒で投資を行ったりなど軽率な部分もあったが、両家の結びつきをある程度強くしたかったというのは嘘ではない。
そのための婚姻である。
それを貴族として系譜を管理する教会と王家のどちらかにでも反対されては──だいたい適齢期の令息令嬢はほとんど婚約を交わしているかすでに婚姻式を終え、場合によってはすでに懐妊しているのだ。
歳が離れようとフォルベリッドには嫁の来手があるかもしれないが、この部屋で見る限りエミリーティーヌはこの国で頃合いの令息と釣り合うとは思えない。
あるとすれば後妻か、ここでの噂など確かめようのない辺境か、はたまた外交的目的での政略婚──いやそれだけはダメだと顔を顰めるのは実の父親であるヴィヴィエト侯爵だけではなかった。
「……ま、そうであろうな」
「はっ……」
ご理解いただけて、とヴィヴィエト家は揃って頭を下げる。
「故に、今この時より五年間の淑女教育を申し付ける」
「はっ」
「……え?」
「パラトゥース伯爵家令息フォルベリッドはその間、婚約解消も他者との婚姻も認めぬ」
「え?」
五年。
長い。
アーベルティーヌと同い年のフォルベリッドは二十二歳となるが、男にとってはそんなに不利ではない。
むしろ若すぎて頼りないと言われるより、ずっと経験を見てもらえるからだ。
しかし令嬢であるエミリーティーヌはそうはいかない。
その頃は十八──いや十九歳か。
普通は十五から十七歳の間に成人として社交界に出て婚姻し、二十代の前半までに後継者とその次代を担う男児を産むのが奨励されている。
その貴重な時期を研鑽に注ぎ込めと言われているのだ。
だが二人はそれに気付いていないのか、エミリーティーヌとフォルベリッドの顔がそれぞれ明るくなる。
慌てたのはヴィヴィエト侯爵だ。
「し、しかしっ…へ、陛下っ……」
「何だ?ヴィヴィエトは娘を政略結婚に使うつもりはないと言っていたではないか」
「いえ、それはそう……ですが……その、陛下がお決めになったのならば……」
ゴニョゴニョと声が小さくなったが、代わりに夫人が声を上げた。
「……娘はその期間を過ぎれば、いかがなりますでしょうか?」
最初のコメントを投稿しよう!