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説明と罰 6
政略結婚には使わない──つまり、ヴィヴィエト侯爵家に益を齎すであろう貴族家に人身御供として差し出すつもりはない、ということだ。
だいたい姉のアーベルティーヌがすでに王家に嫁ぐことが決まっているのだから、それ以上の富も名誉も貴族としての繋がりも欲する理由はない。
むしろこれ以上の欲はいらぬ誤解と憶測と擦り寄りを意味する。
企んでもいない謀反と強欲さと権力愛を噂されるなんてと、ヴィヴィエト侯爵は王の言葉を肯定する。
しかし女親としては、娘の将来を不利にするかもしれない判決を聞いて、口を出さずにいられなかった。
政略的な婚姻など望んではいないが、娘の婚期と出産適齢期を逃すということはすなわち領地に一生引き籠らせるか、修道院に預けて清らかなまま死を迎えることを覚悟しなければならない。
「へ、陛下は、貴族の娘が婚姻できなければ、生きながら死すというに等しいと、そのことを、ご、ご理解いただけているのか……」
「ミシェッ!」
ヴィヴィエト侯爵は思わず愛称で妻の名を呼んだが、娘の身を案じつつも至高の立場にある者に物申す恐怖に震えているのを見て、握りしめている両手に自分の手を添える。
「……なるほど」
自分に楯突くに等しい夫人の言葉に怒ることなく、国王は鷹揚に頷いた。
王妃も柔らかく微笑み、義理の娘になるアーベルティーヌにチラリと視線を送る。
「心配するでない。パラトゥース伯爵が息子フォルベリッドとヴィヴィエト侯爵がむすめエミリーティーヌの婚約が白紙になることはない」
「……で、ではっ……」
「ああ、必ず二人には婚姻の儀を迎えさせる──何があっても」
「は、はいっ!ありがとうございま……え?」
愛しい人と引き離されることがないとわかってフォルベリッドは勢い込んで礼を言ったが、国王陛下の最後の言葉とフッと口に浮かんだ笑みに不安を感じてパチパチと瞬きを繰り返した。
「ああ、五年間の観察期間を設ける。その結果、二人が貴族家にふさわしい人間に成長したと判断されれば、その時こそ婚姻を許そう」
「あ、あの……も、もし判断されなければ?」
「うん?そうなれば、さらに五年…いや、三年また研鑽の期間を設けよう。それでもなおお前たち二人が両家の、そして我ら王家が定める基準に満たなければ、また三年……」
「そ、そんなっ!」
国王陛下が顎を撫でながら笑顔で残酷な宣言をすると、さすがにフォルベリッドはエミリーティーヌの手を離して立ち上がった。
五年の研鑽。
しかしそれでも二人の成長を認めてもらえなければ、さらに三年の研鑽。
ふたたび認めてもらえなければ、さらに三年の研鑽。
みたび認めてもらえなければ──
「そっ、それでは、いつまで経ってもエミリーティーヌと婚姻できないではないですかっ⁈」
「そうだろうな」
顔を真っ赤にして怖いもの知らずにも自分に食って掛かってきた伯爵子息を面白そうに眺め、国王はその発言を肯定した。
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