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説明と罰 8
息子のあまりの勘違いにガックリどころか息の根すらも止まりそうなほど顔色を失くしたパラトゥース伯爵と夫人だったが、それを聞いていたヴィヴィエト侯爵は皮肉気に唇を歪め、夫人は驚いたような表情を浮かべてフォルベリッドを上から下まで眺めた。
国王夫妻は面白そうな表情を浮かべ、王太子とアーベルティーヌは呆れた顔をしている。
その中で一人声を殺して笑い続けている男──バリチアンが控えさせていた自分の侍従に合図を送った。
「ヒ…ヒッ…ンクッ……んんっ……へ、陛下…じ、実は、ここにもう一人関係者を呼んでも言い、良いでしょうかっ…グフッ……」
なかなか収まらない笑いにヒクヒクと頬を歪ませたり肩を振るわせたりしたバリチアンが申請すると、疲れた様子も見せずに国王は鷹揚に手を振って許可を出した。
「失礼します」
だれもが戸惑う間もなくすぐに扉は開かれた。
それを見て驚いた顔をしたのはヴィヴィエト侯爵とパラトゥース伯爵、そしてアーベルティーヌである。
「リートリッツ・ドゥ・ヴィヴィエトです。お呼びにより、参上いたしました」
「おにいさま!」
「リート!」
「まぁ!あなた、どうしたの?いつ帰ってきたの?」
「え?え?え?だ、誰⁈」
先ほどから澄ましていたアーベルティーヌが思わず声を上げてしまうほど、その人物の登場は意外だったのだろう──驚いたあまりかヴィヴィエト侯爵は立ち上がり、夫人の顔が心なし明るくなった。
翻ってパラトゥース伯爵家の面々はバリチアン以外ポカンとし、その心情を代弁したのがフォルベリッドである。
向井に座るパラトゥース伯爵家と同じように、国王側の上座からヴィヴィエト侯爵と彼の妻、そして新たに登場したリートリッツ・ドゥ・ヴィヴィエトと名乗った青年が座った。
いまだにフォルベリッドがポカンとしているが、隣に座るエミリーティーヌも「リートおにいさまも来てくださったなんて、わたくし嬉しいわ!」と無邪気に喜んでいる。
この期に及んでもまだ状況がわかっていないのか──
さすがに愚かな若者も若干引き気味の顔で、姿勢を改めるふりをして、ほんの少しだけ『愛しい天使』から腰を離すように座り直す。
「ほう……そなたがヴィヴィエト侯爵家に養子に入ったというリートリッツ・ドゥ・ヴィヴィエトか」
「はい。国王陛下、王妃陛下におかれましては初めて御前に……」
「ああ、よいよい」
スッと床に膝をついて礼を取ろうとした青年を制し、侍従長から差し出された数枚の紙をパラリと捲り、鋭い視線をヴィヴィエト侯爵家に向けた。
「して……その者が次期ヴィヴィエト侯爵当主ということであるが、すでに第一子であるアーベルティーヌは我が息子マリュオンス・ローリ・ドゥ・ノートルモナスとの婚姻がすでに決定事項となっておる。次に血を繋ぐ者として次女のエミリーティーヌとの婚姻が望ましいが……本人にその気はなさそうであるな」
「はい」
国王がジロリと正面の末席に座る少女をキツく眺めたが、可愛らしい顔は怯えることなくキョトンと見つめ返すだけである。
ある意味とんでもない度胸の持ち主か──隣に座るフォルベリッドは自分を指されたわけでもないのに首を竦めているというのに。
代わりに返事をしたのがリートリッツである。
「私も義理の妹にはどちらも男女の恋情は抱いておりません。しかしながら、畏れ多くも陛下と学園長からのご許可をいただいて貴族学園大学部より留学の許可を得て隣国へ赴き、かの地で永遠の絆を得ました」
「うむ……隣国は我が国より産業的技術が先進しており、そなたはその知識と研究のために留学し、優秀な論文を発表したと聞いておる」
「はい。過分ではありますが皆様に評価いただき、隣国での一代限りではありますが貴族爵位の授与のお話もございました」
思わず誰もが「おおっ!」という感嘆の声を上げるが、一体それがヴィヴィエト侯爵家後継の話と繋がるのか、フォルベリッドは理解が追いつかない。
そんな一人の困惑を置き去りに、国王はフムと顎を撫でて話を続けた。
「聞くところによると、その話はなかったことになったとか……」
「ああ……はい……その……」
躊躇うように、しかし顔を赤らめたリートリッツはふっと微笑んだ。
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