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納得のち解散 1
お相手だった公爵子息も、婚姻適齢期直前に押し付けられた愛も益もない単なる『間に合わせの婚約』に不満を抱くばかりか、幼い頃から育んでいた真の相手と駆け落ちしようかとまで企んでいた。
それを王家から派遣していた護衛から報告を聞いた時は国王も激怒したらしいが、第三王女の方が「都合がいい!」と自分の恋心を打ち明け、王家失墜の危険もあった婚約破棄は穏やかに遂行され、相手を変えた婚約式が滞りなく進んだのである。
この件では養子であるリートリッツの隣国での生活や学問への取り組みを視察するため、ヴィヴィエト侯爵は夫人と共に幾度も隣国へ渡っており、暫定的な外交官という役割も与えられた。
そしてヴィヴィエト侯爵は次代当主が立った暁には外交部に所属となり、特にレオリース王国との折衝にあたる。
「……ということだったが、実は他の部署からも次代ヴィヴィエト侯爵の働きを期待されていてなぁ」
「いえ、陛下それは……我が息子は一人ゆえ、この先はヴィヴィエト家の領地を守るために領主としての仕事を……」
「それはそなたがまだ現役で行えば良いではないか!我が国の産業技術発展のため、各省からそれぞれスカウトが」
「そう!ぜひ!我が農林部の計画的農地開発に助言をもらいたい!ようやく国内すべての未開拓平野部の調査が終わったのだが、好き勝手に放牧しておる者や、居住を定めぬ者が適当に畑を作って放置するために獣害が……」
国王だけでなくパラトゥース伯爵まで意気込んでリートリッツに勧誘をかけだすなど、訳のわからない婚約破棄騒動が一気に政治的な雰囲気に飲まれかけた。
「…ンンッ」
小さな、咳払いのような。
そのささやかな音で、大の男たちの動きがピタリと止まる。
「……そのような話は、この場には必要ないのでは?」
ジロリと王妃に睨まれ、国王はスンと背中を丸める。
その冷徹な眼差しに及ばないながらもそれぞれの夫人も自分の夫に向ける眼差しはかなり冷ややかだった。
一人置いていかれた感の強いフォルベリッドだったが、とにかく自分が期待されていないということは理解できたのか、トサッと軽い音を立ててソファの背もたれに体を倒した。
「つ…つまり……ぼ、僕…は……」
「お前は婚姻後にはパラトゥース伯爵家を出、我が家にあるバラス男爵の爵位を継承する。そのことは幼い頃から誕生日のたびに教えてきたはずだ」
「そ、そんな……」
そんなこと──言われた覚えは、微かにある。
確か五歳くらいの頃から「ゆくゆくは兄を支える立場となるのだ」と。
だがそんな名前は──
聞いた覚えがないと、記憶から零れていても仕方がない。
それは幼いフォルベリッドが父に『男爵となり』と言われ、どこかの家にやられるのだと思って泣き出したせいで、以降その表現が避けられてしまったのである。
母も自分の味方をし、「幼い子供に不安感を与えるな」と父に言ってくれたおかげで、フォルベリッドは大事な言葉の後半部分だけが刷り込まれてしまった。
それが長じて『自分は兄を支えるだけの役目』と思い込み、自分自身は貴族としての価値がない物だと思い込んでしまっていた。
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