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出会った『運命の君』 3
部屋に残されたのは、位は違えど当主という責のある男たち。
だが子供やその側を守る従者や乳母たちがいなくなると、その堅苦しい雰囲気は解けてどちらからともなく微かな溜息が漏れた。
「…………パラトゥース伯…いや、ティリベリアン」
「は、はい、閣下……」
「『閣下』はいらない。いずれ私たちは姻戚となるのだから、昔のように友人呼びでいい」
「そうか……すまないな、マクディエル。こちらの令嬢に比べ、フォルベリッドと来たら……」
「仕方がないさ。私たちの子供時代を思い出してみたまえ」
「フッ…ハハハッ……そう、だな……」
年齢と学年はひとつだけ違うが、ティリベリアン・ドゥ・パラトゥースと少女たちの父親であるマクディエル・ドゥ・ヴィヴィエトは貴族子女が通う王立学園で出会った。
十歳を迎えた少年と、その年に十歳になる少年。
半年ほどしか誕生日が違わなかったせいか『先輩・後輩』というよりもただの幼馴染みで、その年頃であれば身分差など気にもせず勉強よりもいたずらを一緒に企んで行動し、そして共に叱られるのが常だった。
父たちが懐かしいと旧交を温めている間、子供たちもまた親交を深めていた。
と言えば聞こえはいいが、フォルベリッドは元気よく走りだし、つられて走り出そうとする妹に「お行儀よくしなさい」と注意しつつ、その小さな手を握って落着いて歩く姉、さらにその後ろから見守る護衛や侍女たち。
少年以外は皆ゆっくりと歩いているが、それを気に入らないとばかりにフォルベリッドは駆け戻って空いているエミリーの手を取った。
「ほっ、ほら!あっちにね!」
「……フォルベリッド様。妹から手をお放しください」
「えっ……」
グッと引っ張ろうとした瞬間、スッと白い手がフォルベリッドの手の上に置かれて静かな声がかけられる。
それはあまりにも温かみに欠けていて、フォルベリッドはビクッと動きを止めた。
「お放しください」
「は…はい……」
「ありがとうございます」
重ねて言われフォルベリッドがゆっくりと手を離すと、アーベルティーヌ嬢は膝を折って小さなエミリーと目線を合わせ、自分が握っていたのとは反対の手を取ってゆっくりと撫でた。
「少し赤くなっていますね…痛くはない?」
「はい、おねえちゃま」
え。ずるい。
思わず言いそうになった言葉を放つ前にその口が塞がれ、フォルベリッドはムッと頬を膨らませて絵画のような美しい姉妹を見つめるしかない。
「……坊ちゃま、令嬢には礼を尽くさねば……あのように乱暴にお手を取ってはいけません」
「チッ……」
乱暴にしたつもりなどはない。
だというのにフォルベリッドは従者に抱き寄せられ口を塞がれ、さらには小声で忠告を受ける。
まったくそんなつもりはなく、ただあちらに見えた花がとても綺麗に揺れているのが見えたからエミリーと──ついでに『婚約者』であるアーベルティーヌ嬢と一緒に見たいと思っただけだった。
「だから……」
「そのお心はよろしいかと思いますが、ご令嬢は坊ちゃまのように走りまわるようなことはなさいません。ましてやここはご令嬢たちのお屋敷ではございません」
「で、でも……と、ともだちは……」
「坊ちゃまのご友人は、皆様ご令息ではありませんか。それにお急ぎにならずとも、まだお花は綺麗に咲いておりますよ」
納得はいかなかったが、フォルベリッドが力を抜いてコクンと頷くと、ようやく囁き声と口を塞いでいた手は彼の体を離してくれた。
それを待っていたアーベルティーヌとエミリーの方を見て、今度はなるべく落ち着いた足取りで二人に近付き、フォルベリッドは胸に手を当てて父が礼をするのを真似て頭を下げる。
「た…たいへん、しつれい、しました」
「いえ、エミリーの手は少し赤くなりましたが、痛みはないようです」
「ごっ、ごめんっ……」
「だいじょーぶでしゅ」
冷たく見つめる姉に比べ、ニコッと笑ってくれる天使の何と可愛らしいこと。
フォルベリッドはツキンと胸が騒ぎ、ツンと鼻の奥が痛くなるのを感じた。
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