出会った『運命の君』 5

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出会った『運命の君』 5

エミリーティーヌは今日もウットリと手紙を眺めている。 一年前からお姉様であるアーベルティーヌに宛てた『婚約者』から数日に一度届く手紙にこっそりと忍ばされている、素晴らしい花束が型押しと繊細な色使いで施された封筒に入っているこの手紙。 それはブーケを思わせる香りが付けられていて、いつも最初に取り出した瞬間に溢れて幸せな気持ちになるが、今では少し弱くなっている。 もったいないからあまり出したくないのだけれど、『お義兄様』となるフォルベリッド様の文字を見たくて、ついつい取り出してしまうのだ。 『親愛なる天使のような可愛らしいエミリーティーヌ嬢』 「とってもすてき」 うっとりと手紙を眺めるが、意味が解っているのかと周囲で苦笑するのは彼女が産まれた時に雇われた乳母と、数人の子守り少女(ナニー)だ。 何せ子供部屋で座り込んでいるのはフリルがたっぷりとついた幼児用ドレスとそう変わらない服をお召しになった『お嬢様』である。 八歳になったとはいえ、姉のアーベルティーヌ様に比べるとどうしてもその幼さが──そんなふうに見比べられてるとも知らず、エミリーティーヌは一人前の女性になったつもりで、子供っぽい字で褒められてばかりのその手紙を何度も読み返していた。 フォルベリッドが訪問のお礼と『お会いできて楽しかった』とストレートに書いた姉に宛てた物と一緒に入っていたエミリー宛の手紙──それは家族以外の殿方から初めていただいた。 まだ簡単な言葉しかわからなかったエミリーはたくさんの文字はわからないからと姉に読んでほしいと強請った。 だが、お姉様は一通り読み上げてはくれたものの顔を顰めたままで溜息をつき、『まるで風の精のよう』『キラキラと光を集めたような』『生まれて初めて天使という存在を知った』というとても文学的素地があるとは思えなかったフォルベリッドからの手紙をエミリーに返しつつ、「次からは乳母に読んでもらいなさい」と言ったのである。 どうしてそんな意地悪なことを言うのかと思ってしまったけれど、何度も手紙を見せて読んでもらった乳母から「ご自分でお読みになれたら、もっと素敵だと思いませんか?そうすれば誰にもこの手紙を見せなくても良くなりますよ」という言葉にサボりがちだった文字の練習に身を入れるようになった。 そうすればフォルベリッドさまからのおてがみはほんとうにわたしだけのひみつになる──幼いのに、そう思いついた一年前の自分を褒めてあげたい。 そしてお姉様に宛てた手紙には自分に向けて書かれているのよりもずっとあっさりと数行しか文字が並んでおらず、しかもその中には褒め称える言葉ひとつないのを知り、最初から乳母に見せればよかったのに悪いことをしてしまったと理解した。 「……どうしてこんなお手紙を送ってくるのかしら……」 ポツリとお姉様が悲しそうな顔でフォルベリッドからの手紙を指先で摘むように広げて、そっと円卓の上に置くのを見て、エミリーは悲しくなる。 それはエミリーが受け取ったものよりももっと強く華やかに香ったが、百合の花が型押しされているだけの白い便箋だったから、きっとお姉様はその差にガッカリしているのだ。 好奇心から見せてもらったことがあるが、書き出しは枕詞もなく単に『アーベルティーヌ・ドゥ・ヴィヴィエト殿』となっている。 そしてたっぷりと間隔を空けて機嫌や体調はどうかと尋ねる言葉が綴られ、いずれまた行くので、可愛らしく優しい妹君によろしく伝えてほしい、喧嘩などして泣かせないようにという結びで終わっていた。 自分に宛てた『また遊びたい』とか『一緒におやつを食べよう』とか『次にお屋敷を訪ねるのが待ち遠しい』という言葉とはまったく違うが、「ちゃんとおてがみをいただいたのにおねえさまはなにがごふまんなのかしら?」と、ずっとエミリーは不思議だった。 ああ!きっとおねえさまもフォルべリッドさまからの『やさしいおことば』かほしかったのね! そう気付いてエミリーは大切な自分宛のお手紙をそっと項垂れるお姉様のお手紙の上に置いたのに、お姉様はもっと悲しそうな顔をして畳んでからエミリーの手に戻してしまった。 「いいえ、これはあなたのでしょう?…ちょっと息が苦しいの。窓を開けてちょうだい」 「はい、お嬢様」 ほっと溜息をついて微笑んでから顔を上げたお姉様が言うと、部屋の中にいた子守り少女ではなくもっと大人っぽい『じじょ』が動いて薄いレースのカーテンの内側に入って窓を開けた。 「あぁっ」 「ふぅ……どうしたの?エミリー」 「う、うぅん……なんでもないの、おねえさま」 新鮮な空気が一気に部屋を駆け巡り、フォルベリッドがエミリーティーヌの手紙からも香るようにとたっぷりと『心を込めて』染みこませた香水の匂いが押し出されてしまった。 ひどいわ。 わたし、あのかおりがだいすきなのに。
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