決別の時 1

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決別の時 1

本当は『婚約者』になどではなく、『エミリーティーヌ』を名指しして訪ねたい。 だが伯爵家子息として、そしてゆくゆくはヴィヴィエト侯爵となる者として、フォルべリッドは愚かな行為はしなかった。 だってそうだろう! いくら妻となる少女だとはいえ今のところ互いの身分差は主に父親の爵位で比べられ、「婚約者の妹と浮気した」などと変な噂になって、あちらから『婚約解消』とされては堪らない。 そうなれば侯爵閣下は大切な妹娘を守るために、フォルべリッドと触れ合わないように領地かどこかに閉じ込めてしまうかもしれないし、もっと厳しく修道院などに送られてしまうかもしれない。 単に貴族令嬢が行儀や家庭学習よりももう少し賢く学ぶための貴族学園のような所なら面会を申し込むこともできると思うが、万が一『完全男子禁制』を謳われる王国北東部の山中にある修道院なんかに入れられてしまったら── あそこには妙齢どころか、自分の曽祖母と同年代の未婚女性がたくさんいるという噂だ。 そんな場所で生きている修道女たちに「神との結婚こそが正しい」と諭され、一生そこから出ないことを選択されてしまったら── 「なんという悲劇だ!」 人の少なくなった学園にある四阿の一つで静かに考えようと一人でいたフォルべリッドは、最悪の事態に思い当ってしまい、立ち上がって叫んだ。 何ということだ……純粋無垢なエミリーはきっと、そんな言葉に丸め込まれてしまうに違いない! 自分が救い出さねば…… しかしどうしていいのか見当がつかない。 立ち尽くすフォルベリッドは途方に暮れてしまった。 「よう!どうしたんだ?」 「ダール……」 奇妙に呻いたり突然叫んだり立ち上がったり──様子のおかしいフォルベリッドがいる四阿に近寄ろうとする者はなかったのに、その男だけは唯一面白そうなことを嗅ぎつけたという顔でそこに立っていた。 それは『救いの神』。 皆からそう呼ばれる、頼もしい級友。 その名もダールダン・ベルシフォット。 爵位は無いが王家の覚えもめでたい大商会の会長の息子で、庶民なのに学年で二位とか三位とかキープできる男。 しかも教師たちを出し抜いて校舎の屋上で秘密の集会を開くと豪語して、酒まで持ち込んで大成功させた切れ者。 さらに婚約者の手を握ることもできないような小心者に女心を説いて、ついには相手から「もう少し…先に進むのも良いかと存じます」などと言わせて、婚姻式の前に純潔を散らす以外の肌の交流を許すまで指南した強者。 こいつなら── フォルベリッドはまさしく天啓を受けたのだ。 『この男にすべて打ち明け、『婚約者』からの解放と、天使を手に入れる方法を伝授されるべし』と。 そうと理解すれば、躊躇うことはない。 「実は……」 フォルベリッドはゴクリと唾を飲み込んでから周囲を見回し、誰もいないことを確認するとダールダンに一緒の四阿で腰を下ろすようにと言い、心に想うことと願うことを打ち明けようと口を開いた。
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