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3
首に巻いていたマフラーに鼻の下まで埋もれて、正次さんの家に着いた。とりあえず玄関横のポストに筑前煮を入れておく。
前に仕事で使っていたとかいう大きなシャベルやゴミがある西側の方へと回ったら、何でもかんでも入れてあるゴミ袋が三個置いてあった。横から覗くと缶チューハイや焼酎の瓶、揚げ物のつまみが入っていたらしき袋が見えた。体には気を付けてと言ってもこれだと僕はため息交じりに体を屈めた。すると視野が変わり、庭に人影があるのに気がついた。伸び切ったツゲの木の向こう側に正次さんが屈んで園芸用スコップで土を掘り返していた。土いじりをする正次さんを知らなかったし、そもそもそういう事をするタイプじゃないからツゲが伸び放題なのだと思っていた。
「正次さ──」
手を貸そうと声を掛けようとした時、僕は正次さんが土から麻袋を引っ張り出すのを見て口を閉じた。ピリピリと頬に緊張が駆け抜けていく。
その手を僕は見たことがある。正次さんの手の甲がパズルの穴を埋めるようにピタリとはまった。
そうだ、僕に差し伸べられたと思っていた手だが、よくよく考えると向きが違うのだ。僕に向けて手を出したのなら掌が見えているはずなのに、僕は明らかに手の甲を記憶している。そこは間違いない。僕は写真にでも撮ったようにその手を脳裏に焼き付けていた。他の誰でもない正次さんの手の甲をあの日見ていた。
戦慄く僕の目の前で正次さんはあの日のように物を握り引いている。フラッシュバックした記憶に正次さんだけが見事に重なる。体中を駆け巡る嫌悪感に視界が揺れた。
「さんにぃいち!」
正次さんが気合を入れて引っ張った袋が土から出ると、劣化からなのか袋がボロボロと破れ中身が飛び散って散乱した。空高く舞い上がった物の一つに、母がいつも身につけていたネックレスがあった。クローバーの形をした母のネックレス。正次さんの手の甲の先にあったのは母のネックレスだった。あの日、グッタリと力なく項垂れた母の首から引っ張っていたあれだった。
ガツンと殴られたような衝撃波が身体の中心から頭へと抜けていく。それに耐えると、自然と僕の手は家に立て掛けられたシャベルを掴んでいた。
バラバラと僕の世界が崩れていく。恩人だと思い込んでこの人を慕っていた僕の心が慟哭していた。裏切られたという激しい憤怒とまんまと騙されたという屈辱。寒さなど微塵も感じていないのに体がカタカタと揺れている。制御できない怒りに震えが止まらなかった。
僕は大声を出しながら正次さんへとシャベルを振り翳していた。
終わり
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