3人が本棚に入れています
本棚に追加
/6ページ
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
除雪車によって歩道にも雪が積み上げられ、いつもより視点が高い。
夜の雪道はトラップが満載だ。
雪は日中に溶け、夜凍るというサイクルを繰り返すため、表面がツルツルでよく滑る。
かと思えば降ったばかりの雪も残っていて、一歩踏み間違えるだけで簡単に膝まで埋まってしまうのだ。
「ぎゃっ」
見事に軟雪の部分を踏み抜き、花実がおかしな体勢になっていた。
足を抜こうと四苦八苦する姿が、なんだか笑えてしまう。
「よくハマるね、おまえ」
「うっさい、助けて」
大希は手を掴んで引っ張り上げようとしたが、手袋の遊びに力が入らず、体ごと支える格好になる。
厚着していても花実の体は軽かった。
「あー最悪。ブーツ買ったばっかなのに」
「はしゃぐからだぞ。酔っ払いのくせに」
「何をー?あたしは楽しい日ははしゃぐって決めてんの!」
中まで濡れたであろう靴を意に介さず、花実は足元の雪を掬った。
こちらを向いてにやりと笑う。よくないことを考えている時の目だった。
「ていっ」
案の定、花実が雪の塊を投げつけてきた。
雪は正確に大希の顔に命中し、花実がけらけらと笑う。
「ほら、大希も!」
「この酔っ払いが…」
すかさず大希も応戦する。
サークルでも飲み会でも、はしゃぐ時は全力ではしゃぐ2人だった。
そうしてしばらくじゃれ合っていたが、花実のキャメルコートが真っ白になる頃には、2人とも肩で息をしていた。
「はー、やばい。汗かいた」
「なんで雪合戦なんだよ、おかしいだろ」
「大希は、なんだかんだ言って付き合ってくれるもんね。そういうとこ好き」
「はいはい」
普段からこういうことを言いがちな花実だが、どうせ酔っ払いの戯言である。
努めて平常を装い、すっかりほどけたマフラーを巻き直していると、今後は頭上から雪が落ちてきた。
頭に微かな感触だけ残して、ふわっと消えてしまう。予報通りの降雪だった。
「おーい、降ってきちまったぞ」
「あれ、もうそんな時間?」
それでも花実は嬉しそうに、空を見上げてくるくる回る。
「なんかさ、幻想的じゃない?」
花実が指さした先、大粒の雪が街灯に照らされた部分だけ反射している。
スポットライトの下、無数の光の玉が踊っているようだった。
大希は手袋を外してポケットに手を入れたが、花実はすでにスマホを構えていた。
花実は写真を撮るのもうまい。後で送ってもらおうと、大希は手袋を付け直した。
構図が気に入らないのか、スマホを構えたまま花実が後退する。
「おい、後ろ見ないと…」
危ないぞ、と言うより先に、足を滑らせた花実が盛大にすっ転んだ。
大希は慌てて駆け寄ったが、雪の上なので汚れはなく、花実もスマホも無事なようだった。
「なにやってんだほら、ちゃんと立つ」
「やばいめっちゃ濡れてる…。靴下までびっしょり」
そりゃあんだけはしゃげばな、という言葉を大希は飲み込んだ。
体を起こして、ぐずる花実の服についた雪を払ってやる。
「あー、ほら。ケツまで真っ白だぞ」
ちょっと、どこ触ってんの!と怒られるかと思ったが、花実はされるがままだ。
これは相当酔っているなと大希は思案した。
あと数分も歩けば大希のアパートだが、花実はさらに15分以上歩かねばならない。
この状態の花実を放っておいていいものか。
かと言ってこの雪の中、花実のアパートまで往復する気力はない。
花実はしばらく無言だったが、思いついたように振り返った。
「大希んちさあ、すぐそこだよね」
先ほどと同じ笑みだった。
「ちっとドライヤー貸して?」
最初のコメントを投稿しよう!