腐れ縁大学生が雪の夜に付き合い始める話

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◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ さっきまでふらついてたはずの花実は、ぴょんと玄関を上がると、 「さむーいっ。ストーブつけていい?」 言うが早いか、ガスストーブと炬燵のスイッチを入れ、カーテンを閉め、濡れたマフラーをハンガーに掛け始めた。 勝手知ったる他人の家である。 大希のアパートは大学から近く、サークル連中の溜まり場になることが多い。 もちろん花実も何度も来ているが、この時間に2人でいるのは初めてだった。 「大希さー、ほんとにドライヤー借りて平気?」 「なんだ今さら。いいって」 「あんがと」 そう言って花実は洗面所に消えると、ほどなくしてドライヤーの音が聞こえてきた。 何だか妙なことになった、と大希は思った。 腰を下ろし、とりあえずテレビをつける。 たまに見かけるアナウンサーが、無機質にニュース原稿を読み上げている映像が流れた。 普段なら眠気を誘うその音声を聞いても、大希の心はちっとも落ち着いてくれない。 天気予報は、もう終わってしまったようだった。 「うー、さむさむ」 素足の花実がぺたぺたと戻ってきた。 いつの間に冷蔵庫を物色したのか、缶チューハイを手にしている。 「だめ。おまえはこっち」 缶を取り上げペットボトルの水を渡すと、花実は不満そうに頬を膨らませた。そんな表情すら可愛いと思ってしまうのだから、自分も相当酔っていると大希は分析した。   2人で炬燵に入ったところで、今日何度めかの乾杯をした。幹事お疲れ!と花実は笑っていた。   「靴下乾いたん?」 「んー、あとちょっと。ブーツはもう諦めた」 ちびりと水を口に含んで、花実はもうスマホをいじっている。 いつも通りの姿に大希は安堵した。   この関係に白黒つけたいと思ったこともあったが、それ以上に変化が怖かった。 もし花実と気まずくなろうものなら、サークルでも卒論でも、残りの大学生活に大きな支障が出るだろうと大希は思っていた。 情けない話だが、それだけ大希と花実の関わりは深いのだ。   「あー、ダメっぽい」 炬燵に突っ伏すようにして、スマホを見ていた花実が言った。 「朝までずっとだって」 「雪?」 「うん。積もるのやだなあ」 「大変だな。帰りは転ぶなよ」 「え、こんな雪ん中帰れっての?オニ!悪魔!フンコロガシ!」 「あっおまえ今教授(センセイ)のことバカにしたな?言ってやろー」 「ちょ、大希だっていつも言ってるじゃん!」 主指導教授の研究対象という極めて内輪ネタで盛り上がる2人だったが、大希はどことなくぎこちなさを感じていた。 「教授の研究は誰が継ぐんかな。やっぱ博士(ドクター)の先輩?」 「いやー、修士(マスター)の誰かかもよ。基本みんなめっちゃ詳しいし」 「花実はどうすんの?」 「んー、何も決めてない」 この状況に対する焦りか気まずさか、今まで感じたことのない緊張を覚える。 「大希は?」 「とりあえずこのまま院行くよ。今のメンバー、めっちゃ好きだし」 「…ん。あたしも好き」 心なしか、花実の声がどんどん小さくなっていく気がする。 先ほどからまったく目が合わない事実に、酔った頭が都合のいい解釈をし始めていた。 もし、同じように花実も大希のことを意識しているのなら。 「花実さ」 「ん、なに?」 そんな想像に背中を押されるように、大希の頭にワードが浮かんできた。 冗談っぽく言おうか、本音トーンで言おうか、決める前に言葉が口を出てしまっていた。   「ほんとに泊まってくか?」 発された言葉は、紛れもなく本音トーンのものだった。 大希は後悔した。 つい先ほど、変化は怖いと再認識したばかりだったのに。 この状況に気持ちが大きくなってしまったのか。   ――あはは、冗談に決まってんじゃん! ――なあに、もしかして期待しちゃった?   そんな玉砕の言葉を予想していた大希にとって、返答は意外なものだった。 「大希が、()じゃなければ」 初めて花実と目が合った。 真面目な表情。花実の本音トーンを、判別できない大希ではなかった。 しばしの沈黙に、ガスストーブのごおおという音が部屋に満ちる。 「こんなタイミングであれなんだけどさ」 大希は腹を決めた。 「俺、彼女じゃない人を泊めたくないんだけど」 花実は表情を変えず、体ごと大希に向き合った。 「あたしも、彼氏じゃない人の家に泊まりたくない」 見事なカウンターパンチだと、大希は思った。 やはり花実には敵わない。観念した瞬間に、驚くほど自然に言葉が出てきた。   「俺と付き合ってください」   こくんと、花実が頷いた。   「よろしくお願いします」
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