女の秘密と男の嫉妬

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その日、絢音は藤次の上司である(あおい)の招きで、度会(わたらい)邸を訪れていた。 「ごめんなさいね。折角の土曜日なのにお邪魔しちゃって。でも、とっても良い茶葉が入ったものだから…」 「いえ。部長さんの淹れて下さったお茶…とっても美味しかったです。藤次さんは、こういうの飲まないですから新鮮で…」 「葵で良いわよ。私、あなたの上司じゃないんだから。そうよね?藤次クン…紅茶やなんて女子供の飲みもんやーて、いっつも、ブラックコーヒーよね?」 「はい。だから正直…コーヒーには飽きちゃって…内緒ですよ?」 「あらあら。旦那さんに隠し事?可愛い人ね。」 コロコロと葵が笑っていると、お手伝いの中塚が、なにやら手提げ袋を持ってやってくる。 「奥様、お持ちしました。」 「あぁ、ありがとう。絢音さんに、渡して差し上げて。」 「?」 不思議そうに小首を傾げながら包みを受け取り中を覗く。 「ゴディバ?」 「今日、ホワイトデーでしょ?この間のマフラーのお礼も込めて、プレゼント。」 藤次クンには秘密ねと笑う葵に、絢音は恐縮する。 「こんな高級なもの、頂けません!藤次さんに怒られます。」 「あら。秘密って言ったでしょ?こっそり隠れて食べちゃいなさい。」 「でも…」 戸惑う絢音に、葵はにっこりと微笑む。 「秘密が多い方が、女は魅力的よ?」 * 「ただいま。」 結局、葵に渡されたゴディバの包みを抱えたまま、絢音は帰宅することになった。 中身を悟られないように、マフラーを袋に入れて隠してから居間に行くと、藤次が不機嫌そうな顔付きで出迎える。 「おかえり。遅かったな。度会部長、なんやて?」 「あ…うん。お茶に誘われたの。とっても美味しかった。」 「…紅茶やなんて、いつでも飲めるやん。あの人ホンマに、人の家庭に茶々入れるん、好きやなぁ…何も今日、ワシから絢音取り上げんでも、ええやん。」 言って、こたつに足を入れ隣に座る絢音に、手にしていたものを突きつける。 「なに?これ…」 「何て…今日が何の日か、忘れとんか?」 んー?と首を捻った後、絢音はハッと、葵に言われたホワイトデーの言葉を思い出す。 「ごめん。忘れてた…」 「ま。ええけど、どうせ安もんやし。いらんのやったら、京極ちゃんにでもあげよかな?」 「ウソウソ!ごめんなさい!いる!いるから…だから…機嫌直して?ね?」 ごめんなさいと頭を下げる絢音を横目で見ながら、藤次はもう一度包みを彼女に向ける。 「ほんなら、やる…」 「ありがとう…開けていい?」 「うん。」 ドキドキしながら包みを開けると、現れたのは椿の装飾が施された、一本の鼈甲の簪。 「これ…あたしが前お店で見つけて、高かったから買えなかったやつ…覚えててくれたの?」 「まあ、一応…お前の亭主やし?嫁さんの好きなもの、知っときたいやん?」 「嬉しい……ね、髪に挿して?」 「ん。」 頷き、絢音から簪を受け取ると、藤次は結い上げた彼女の髪の間にそれを挿して、そのまま抱き寄せる。 「綺麗や。よう、似合うてる。」 「じゃあ、鏡…見せて?」 「ワシの目ぇ見て、確認したらええやん。」 言って自分を眼前に引き寄せ、じっと見つめてくるものだから、絢音は真っ赤になって俯く。 「なんや。ちゃんと見て?」 「無理…て言うか、まだ、怒ってる?」 「当たり前や。折角お前と、久しぶりにデートしよ思うてたん袖にされたんやから、今夜はじっくり…ベッドで話、聞かせてもらうで?度会部長との、お茶会。」 ゾクリとする…まるで今夜の行為の激しさを暗示するような低い声の囁きに戸惑う絢音の脳裏に、悪戯っぽく笑う葵の顔が浮かぶ。 「(部長さん…藤次さんの性格知ってて、お茶会なんて開いたのかな?)」 服を脱がされ、自分に覆いかぶさる藤次の身体の重みを感じながら、不意に絢音は葵のある言葉を思い出す。 「(秘密が多い方が、女は魅力的よ。)」 「(…って言うかそもそも、検事さん相手に一般人の私が隠し事なんて、無理よね…)」 心の中でため息をつき、藤次の機嫌が直るまで、絢音は彼の腕の中で甘い声を上げ、葵からもらったゴディバのチョコレートも白日のもとに晒されて、あの(ひと)はとため息をつく藤次の横で、絢音は静かに…眠りに落ちたのでした。
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