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第二話 光
ここは、宮城県は京野城市、弦巻。
昭智の住む古くからの住宅街……のはずである。
自分の身に起きていることがまだよく理解出来ない昭智は、知らない二人の男女と部屋にいた。
その男性の方に促され、ベッドに腰をかける。
男性は、部屋の電気を点けると、机の所にある椅子をガラガラと引っ張り、昭智の前に置いた。
そして、座ると口を開いた。
「…俺の名前は、小平 亮斗」
“亮斗”と名乗った男性は、医療用のペンライトをポケットから取り出すと、昭智の顔に手を添えて、目に当てた。
まるで病院で医者にされるのと同じ、手慣れた手つきだ。
亮斗は、ペンライトを消し、ポケットにしまうと、親指を立てて女性の方へ向ける。
「…で、こいつが妹の“由希菜”だ」
「は、はあ」
気の抜けたような返事をする昭智。それもそうだ。名前を知ったところで…という感じなのだから。
過去に会ったこともない、初対面の他人だ。
「で、君は?」
「え?」
「名前だよ」
「あ…仙藤…昭智です」
「そうか、仙藤君。一応確認するが…君は“人間”だよな?」
「…は?」
亮斗の質問の意味が解らず、昭智は、彼と由希菜の顔と、交互に見つめた。
そんな昭智の様子を見た亮斗は、軽く頷いた。
「ま、人間だよな。悪いな、妙なこと訊いて」
「あ……いえ」
「高校生?」
「そうです…」
「どこ高?」
「千利高です」
弦巻から電車で二駅行った、千里町にある高校だ。
「うん。とりあえず…じゃあ、俺たちから話そう…」
軽くため息を吐くと、亮斗は少し間を空けて語り始めた。
亮斗は“看護師”。
由希奈は“私立探偵”だという。
そして二人は兄妹で、ここのマンションは、妹、由希菜の家だとのこと。
その話には昭智が疑問を持つところはない。
由希奈の方の“私立探偵”という、あまり聞きなれない職業が気になるくらいだ。
昭智としての問題は、“この部屋にいる経緯”。
だがそれは、これからの話を聞いた昭智もまったく理解が出来なかった。
由希奈は、車で三十分ほどかかる市街地の探偵事務所に勤務しており、今夜は兄、亮斗に迎えを頼んだのだそうだった。
詳細は省いたが、“愛車を銃で撃ち抜かれた″らしく、そのまま修理に出したらしい…。
“銃で撃ち抜かれた”、などと日常会話では普通には出てこないことを、さも当然のように話す由希菜に、昭智は驚きを隠せずにいたが、そこはあえて質問をしなかった。
愛車を預けた修理工場で、代車が出払っており、近くの病院に勤務する兄に帰宅の時間を合わせて便乗した、らしい。
「…ってわけ。でね、兄貴の車に乗っけてもらったんだけど…まぁ、どう話したらいいのか、私も正直よく分からないから、この目で見たままを言うよ」
「は、はあ…」
「あんた、突然飛び出てたきたの!」
「………」
どう話したら分からないも何もない。そのままだ。昭智は確かに、十字路で目一杯飛ばした自転車で、飛び出た。
「…す、すんません。チャリ飛ばしてて」
昭智がそう言うと、亮斗と由希菜は、一瞬互いを見合う。
「チャリ?自転車に乗ってたの君?」
質問をする亮斗の顔は、訝し気だ。その隣の由希菜も同じような顔をしている。
「その…自転車に乗って飛び出てきたということじゃなくって…本当に何もない所から、突然飛び出てきたんだよ」
今度は、昭智が訝しい顔をした。
亮斗の話は、まったく信じ難いものだった。
妹を送る途中、このマンション近くを走っていると、十字路で突然、眩いばかりの閃光が何もないところから発したという。
目の前の眩しさに、亮斗は慌ててブレーキを掛けた、のだそうだ。
そして光の中からまるで弾かれるように昭智が飛び出てきた、ということらしかった。
驚いた二人は、どうしたものか迷ったという。
「はあ?俺がスか?」
自分のことを指差す昭智。
救急車を呼ぶにしても、おそらく“跳ねた″と疑われるだろうし、かといって放置も出来ない。それこそ“ひき逃げ″と疑われる。
でも“突然、光とともに少年が現れました″なんて話、警察も信じるはずがないと考え…、とりあえず亮斗が仙藤の容体を確認。
多少、怪我をしているものの、恐らく軽傷だということで、一度マンションで様子を見ようということになったのだという。
「本当は精密検査が必要だとは思ったが、何分…説明のつかないことで…。こっちもどう対応すべきか悩んだんだ。警察沙汰になれば、酒気帯び運転まで疑わられ兼ねないしな」
「いや…はあ…」
「で、一応もう一度聞くけど、君、人間だよね?」
(何を言ってるんだこの人)と思うばかりの昭智は「人間です」と苦笑しながら答えた。
昭智の方も、アルバイトの帰りに、車のヘッドライトが見えたという経緯を話した。完全にぶつかったかと思ったと。
ただ、昭智の話だと、亮斗の運転していた車に跳ねられたことになってしまう。
「本当に俺は、君を跳ねてなんかないからな!」
亮斗は慌てて、車に傷もないから見てくれなどと、言い出した。
「…そんなことを疑ってはいません」
昭智は亮斗の話を遮り、間を空けると、立ち上がり窓に近づきカーテンを捲った。
「ところで…ここ…、ここって何階建のマンションですか?」
昭智の質問に顔を見合わせる兄妹。
「八階建てで、ここはその八階よ。それがどうしたの?」
由希菜が返答すると、昭智は複雑な顔をした。
「…いえ。俺、帰ってもいいですか?」
「…家は近いの?」
「はい…」
「じゃ、送ってくわよ」
「…いや、いいです」
「そうは行かないでしょ。“あんなもの″見て、私たち放っておかないわよ」
″あんなもの″、つまり自分が光から飛び出て来たって話だ。そんなことを間に受けろというのだろうかと仙藤はまた苦笑した。
「とにかく、ちょっとここを出たいんです。何ならどちらか付いてきて構わないので」
服は、地面を転がって薄汚れていたので、洗濯中だという。
今着ているシャツとハーフパンツは、前にこの部屋を兄妹でシェアしていた時に置いたままになってた亮斗のものらしい。
「…そうだな、君も困惑してるのだろう?外の空気を吸いに行こう。落ち着いたら帰ればいい。それと、自宅に電話を入れたらどうかな?両親も心配してるかもしれない」
すっかり親のことを忘れていた昭智は、亮斗の提案で、自宅に電話を入れることにした。
亮斗としても、家から警察に捜索願いでも出されていたら、面倒だと思ったので、まずは連絡をしてもらうのは良いと思った。
部屋にあった子機を手渡されると、自宅の番号をプッシュする昭智。
受話器からコール音聞こえる。
「………」
何度もコールするが、なかなか出ない。
――何だよ、息子が帰るのも気にせず寝てんのか?
一旦切ろうとした時、ようやくコールが止まった。
『…はい、もしもし?』
物凄く機嫌の悪そうな女性の声がする。昭智の母親だ。
「あ、母さん、寝てた?ごめん…俺。ちょっと色々あって、こんな時間になっちゃったけど、すぐ帰るから」
昭智の語る言葉を聞いて、亮斗と由希菜は、安心して笑った。
しかし彼の様子がおかしいことに気づき、二人の笑顔はすぐに消えた。
「…え?は?昭智だよ」
『昭智?ちょっと…あなた、イタズラ電話?今何時だと思ってるの?』
「いや、俺だってば」
『うちの息子の名前知ってるってことは昔のクラスメイトか何かかしら?それとも職場の人?』
電話越しだが、声は間違いなく母親だ。“昭智″を息子とも言っている。
だが話が噛み合わない。
怖くなった昭智は電話を切った。
「……」
呆然とする昭智。
「一体どうしたんだ?」
心配する亮斗と由希菜は、昭智の側に寄った。
「……何だか…はいその…よく、解りません」
昭智は、力なく首を横に振るのだった。
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