第三話 カレンダー

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第三話 カレンダー

 昭智は、少し間を空けて、今の電話でのやりとりを説明した。  番号は間違えてない。  相手も、母親で間違いない。電話越しとはいえ、母親の声を聞き間違えることはない。  でも会話が噛み合わない。  かと言って、電話の向こう側の母親が嘘を言っているようにも思えない。怪訝な口調は、演技ではないだろうと。  昭智は酷く動揺した様子だった。 「本当に間違えじゃなかったのか?」  亮斗が再確認をするが、なぜ自分の家の番号を、親の声を聞き間違えることがあるだろうかと、嫌な顔を見せた。  由希菜はそんな昭智の肩を叩いた。 「うん…よしよし、まず落ち着こうか」  優しい笑顔の由希菜に、昭智は少しドキッとさせられる。年頃男子には大人女子の優しさは刺激が強い。  同時に、今置かれてる不可思議な状況が何であれ、一人ではないことに安心感を覚えた。  最初は見ず知らずのこの兄妹に不信感を抱いていたが、話していて、とりあえず悪い人たちではなさそうだということは、少し解ってきた。  亮斗の方はやや当たりはキツいが…。 「…あの、今の母との会話がおかしいこともあるんですけど…実は他にも気になることがあって」  そう言う彼のその様子を見て、由希菜は軽く頷く。 「んー…じゃあ、その気になることを話してみて」 「…えと、は、はあ」  感じている違和感をそのまま話して通じるものか、不安をおぼえる昭智。 「何その顔。大丈夫!おねえさんはどんな話もちゃんと聞くわよ。これでもプロの探偵なんだから」  由希菜は、腰のベルトに付けていた、ディテクティブ・ライセンスのバッジを見せる  “私立探偵”。  銃の所持、携行を許可された国家資格であること。  何となく知ってるのはそれくらいで、一般的にあまり身近な存在ではない。  ライセンスのバッジも初めて見た。  昭智は少し下を向き、深呼吸をする。 「……すみません、やっぱり家帰られせてもらえませんか。一緒に付いて来てくれて構わないですし」  由希菜の心強い口調に心は打たれたが、自分自身で説明しにくい部分もあり、昭智はその目で今の状況を確認したいと考えた。  二人の言う光から飛び出た話も信じ難いが、窓から見た違和感と関係あるかもしれないと…。 「…そう、分かったわ」  少し考えた由希菜は、頷くと兄にパーカーを貸すよう伝えた。 「ちょっと肌寒いからそれ着て。一緒に行きましょう」  パーカーを受け取ろうとした昭智は、突然目を大きくし、驚いた顔をした。  まるで幽霊でも見たかのような驚愕した顔だ。  そして、亮斗が渡そうとしたパーカーを受け取り切らず、床に落として、ゆっくりと壁に近づく。 「こ、これ…何の冗談です?雑貨屋に売ってる“ふざけた商品″か何かですか?」  昭智の目に入ったのは、カレンダー。壁に欠けている、タンザックカレンダーだ。 「また一体…今度は何を言ってるの?」  由希菜は怪訝な顔で質問を返した。  昭智の見ているそのカレンダーは“2011年10月”と記されている。 「何って…今は、1997年でしょ?何なんです、このカレンダー!」  昭智の発言を聞き、由希菜は亮斗の方を振り向いた。  亮斗は眉根を寄せて目を細めた。 「な、なあ、彼やはり検査が必要じゃあないのか…」  亮斗が由希菜にそう言うと、それが聞こえた昭智は少し興奮気味に言った。 「検査?俺はどこもおかしくない!」  亮斗は首を横に振る。 「…いいや、悪いが、その素で驚いた顔で…“今は、1997年″だと口にした君の雰囲気は…とても冗談には見えなかった。結構ヤバイぜ」  昭智から言わせれば、亮斗の方が笑えない冗談を言っているように感じた。 「冗談?冗談に見えないだって!?当たり前だ!こっち冗談なんかで言ってない!そっちこそ悪意ある揶揄いですか!?」 「…おいおい、いよいよマジで怪しくなってきたぞ。今が1997年ってのを、本気で言っているってことか?色々面倒になるが、由希菜…やはり彼を病院に連」 「待って!」  由希菜は、亮斗の話を遮った。 「仙藤君…、大丈夫よ。私は“話は聞く”と言ったでしょ」  優しい目で、だが真剣な由希菜を見て、昭智は息を飲んだ。  お陰で、混乱している自分を少し落ち着かせることが出来た。  由希菜は、昭智が嘘を言っているわけでも、頭や精神がおかしくなったわけでもないだろうと、判断した。  彼女は仕事柄、嘘を見抜く力は普通の人よりは突出している。いろんなタイプの嘘つきと話してきた経験から、“それ″は理解出来た。 「兄貴、彼は大丈夫だよ」 「しかし…どう見てもまともじゃあ…」 「あのね、常識というメガネでどんな世界も覗けるわけじゃないのよ、兄貴。この世には魔法使いだっているし、瞬きするより速く動ける人間だっているのんだから!」  由希菜が熱く語ると、亮斗は目を細め、肩を竦める。 「分かった、分かったよ…お前がそこまで言うなら…」 「そもそも兄貴だって、彼が飛び出てきた光見たっしょ。あの光は説明できないよね?彼自身混乱してるんだから、もう少しきちんと話聞かないと」 「だから解ったって!」  昭智は、この由希菜という女性の口から出た“魔法使い”や“瞬きより速く動ける人間”という言葉に、正直戸惑った。 ――…マジで頭おかしくなりそう。これって異世界?パラレルか?
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