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第6話(2)水生木
「……というわけでこういうわけだ」
「どういうこったよ」
暗くなった夜の山道を、両手を広げながら歩く基に対し、栞が冷ややかな視線を向ける。
「晴明くんが言うには、これからはしばらくの間、『すり―まんせる』で行動するようにということだよ」
「……なんなんだよ、それは?」
栞が首を傾げる。
「……聞いてなかったのかい?」
基がやや呆れ気味の視線を返す。
「ちょっと聞きそびれたんだよ……話はさっさと進んじまうし……」
栞が唇をプイっと尖らせる。
「……三人一組ということだそうです。どこの国の言葉かまでは存じませんが、まんせるというのが人組を表して、つー、すりーというのが数を表すのでしょう……」
黙っていた泉が淡々と呟く。
「へ、へえ、そうなのか……」
栞が頷く。
「恐らくはですが……」
「……しかし、晴明はなんだってそんなことを言い出したんだ?」
「ぼくら……厳密には、晴明くんにちょっかいをかけている相手を警戒してのことだろう。賢明な判断だと思うよ」
栞の問いに基が答える。
「基、お前さんは二人組が適当だとかなんとか言ってなかったか?」
「ああ、言っていたね」
「前言撤回すんのかよ」
「……状況が変わってきているようだからね、柔軟に対応していかないと……それに……」
「それに?」
「三人組だと良い点もある」
「なんだよ?」
「……泉なら分かっているんじゃないか?」
基が泉に話を振る。
「……行動するにあたって多数決がとれます」
「あん? どういうこった?」
「例えばだ……あれを見てごらん」
「ああん? ⁉」
基が指し示した先を見て、栞が驚く。坂道の上から大きな毛玉のようなものがコロコロと転がってきたからである。基がフッと微笑む。
「ああいったものに対して、どういった行動をとるべきか……決をとることが出来る」
「そ、そんな悠長なことを言っている場合かよ! 避けるぞ!」
栞の言葉に対し、基は首を横に振る。
「いいや、それには反対だ……」
「ああん⁉」
「そうですね」
「い、泉まで⁉」
「ええ……」
「ど、どうしてだよ⁉」
「あの速度では回避する余裕がありません」
「同感だね」
基が腕を組んでうんうんと頷く。大きな毛玉のようなものがどんどんと迫ってくる。
「そ、そうやって話している前に避けられたんじゃねえか⁉」
「なるほど、そういう意見もあるか……」
「確かに……」
栞の言葉に、基と泉が揃って頷く。
「たっぷりと余裕あるじゃねえか!」
栞が声を上げる。
「最接近してきました!」
「ほら、言わんこっちゃねえ!」
泉の声を受け、栞がさらに声を上げる。
「まあまあ……」
基が栞と泉の前に進み出る。
「基⁉」
「『土壁』!」
「!」
基が大きな土の壁を発生させて、大きな毛玉のようなものの突進を食い止める。大きな毛玉のようなものは弾かれて坂道を押し戻されるようなかたちになる。
「やった!」
栞が片手を突き上げる。
「いや……まだだ!」
「え⁉ ああっ⁉」
大きな毛玉のようなものが加速して、転がってくる。
「‼」
「むう……!」
勢いを増して、大きな毛玉のようなものが再び壁に激突する。基が顔をしかめる。
「も、基さま!」
「大丈夫だ……こいつは『土転び』という物の怪……土の属性だ……土の術者のぼくならば食い止められる……」
「た、頼もしいです!」
「……ある程度だけれど……」
「ええっ⁉」
泉が驚く。
「二人に頼むよ……!」
「わ、分かったぜ! 『木の枝』!」
「……!」
栞が鋭く尖った木の枝を発生させて、土転びに向かって突き立てるが、枝は弾かれる。
「そ、そんな⁉ 『木克土』じゃねえのかよ!」
「泉! 栞に力を貸すんだ!」
「は、はい! 『水注ぎ』!」
泉が印を結んで、水を出し、栞に向かって注ぎ込む。栞が戸惑う。
「うおっ⁉ 冷てえ!」
「栞! 集中を高めるんだ!」
基の言葉に栞がハッとする。
「! わ、分かった! 『木枝の槍』!」
「⁉」
栞が再度印を結び、より尖った木の枝を発生させる。枝は土転びを貫く。貫かれた土転びは霧消する。
「ふ、ふう……」
栞はため息をつく。
「これは……『相生』?」
泉の呟きに基が頷く。
「そうだ、『水生木』……木は水によって養われるもの……この場合は栞の術を補完し、強化させたというわけだね」
「な、なるほど……お師匠さまはこういう事態を想定していたのですね!」
「……」
「………」
泉の言葉に対し、栞と基は黙り込む。泉が首を傾げる。
「あ、あら?」
「ぜってえ、思い付きだと思う……」
「ぼくも同感だね……」
顔をしかめる栞に基が苦笑交じりで同調する。
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