熱気

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 時計の針が8分を過ぎたころだった。ガタイのいい角刈りの男が入ってきた。男は和男の脇にどかっと腰を下ろす。しばらく静かであったが、やがて頬をぱんぱんたたきながら独り言を言い出した。 「あんんまり、熱くねえなぁ」  男が和男に目をやった。 「おっ、旦那。いい汗出てるねぇ~」  汗びっしょりの和男。そろそろ渾身の集中モードに入るタイミング、が気勢をそがれた。 「ええ、まあ。元々、汗っかきですから」 「旦那はここが長いのかい?俺は半年。腹がなかなかへこまねぇ。それにしても旦那の腹は見事だねぇ」 「まだ、1週間なんです...」  滝のように流れる汗がとめどなく和男の目に入る。和男は両手で顔を拭って気持ちを切り替えた。 「おっ、そうかい。じゃぁ、旦那の腹もこれからだな」 「はい...」  和男の余裕が噴き出す汗と共に流れ出す。口数もめっきり減った。和男は大きく深刻級。一息つくと時計の針はまだ10だった。全身から汗が滴り落ちていく。1分がやけに長い。汗まみれの和男は内心でもあせり出していた。 「あぁ、身体が重くなる。あの調子の良さはどこいった...」 「それにしても、旦那、いい汗だ。まったくうらやましいぜ」  男は見かけによらずおしゃべりだ。和男は無言のままだった。    男が来る前までは、ウサギの走りだったあの長針が、今やカメの歩みに様変わり。12分は厳しいか。肩で息を始めた和男。朦朧とする頭の中で冒頭の決意も揺らぎ出す。耐える和男。サウナの熱気が容赦ない。
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