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「なんか信じられないんだけど……え、ほんと?」
ぽかんとした表情をからかうように、春先の少し冷たい風がぴゅうっとテラス席を吹き抜けて僕の頬をくすぐった。
なぜ僕がこんなにも過剰反応してしまったのかというと……
――つい十日ほど前、かの魔法使い様と僕はセックスしたのだ。
もっと詳しく言わせてもらうと、彼の“童貞”を僕がノリで奪ってしまった。
別に無理やり奪おうと思ってやったわけじゃないし、僕だって童貞食いが好きなビッチというわけでもない。
ただほんのちょっと尻が軽くて、酒場で偶然会った男を誘ってみたらたまたまその相手がカシューン魔法師長で、たまたま彼がピカピカの童貞だっただけ……である。
セレス・カシューン……カシューン魔法師長は、すらりと伸びた長身に新月の夜を閉じ込めたような色の短髪、凛と真っ直ぐな眉に意思の強そうなアメシストの瞳を持つ。冷然とした印象の顔ではあるがどこをとっても美しい。
魔法使いが仕事で街に出ていることは時々あるし、絵姿も出回っているから王都民はみんな彼の容姿を知っている。
誘った男を部屋に連れ込んで、フード付きのローブを落としたときの驚きと言ったらなかった。いい雰囲気だったのも構わず、僕は文字どおり目を丸くして口をポカンと開け、しばらく時が止まったかのようにフリーズした。
美しく孤高の存在である彼の誰も知らない一面を、僕だけが知っているという優越感。
魔法使いとして国の頂点にいる彼の、初めての男という特別感。
周囲から劣っていると馬鹿にされてきた僕にとって、たとえそれがお遊びで意味のない行為だったとしても、初めて手にした宝物のような思い出だった。
だがその宝物は、もう光を失ってしまったようだ。結局僕の思い上がりで、最初から彼の特別になんてなれていなかったのだろう。
(あんなに盛り上がったくせにさー……もう忘れちゃったのかな。まぁ、すごい酔っ払ってたし)
彼の初体験は僕の流れるようなリードによって滞りなく完遂した。
久しぶりの荒削りなセックスに僕も興奮して乱れてしまった自覚はあるが、体の相性が良かったから彼にもかなりご満足いただけたように思う。三回もヤッておいて、満足してないとか言わないよな?
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