1.噂の人

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 僕は見た目もそこそこ良い。肩上まで伸ばした紅茶色の髪はさらさらだし、オリーブグリーンの瞳だって食べちゃいたいほど綺麗だと口説かれたこともある。目鼻立ちはちょっと薄いけど、身体が小柄なぶん儚げな雰囲気がいい感じに出ているはずだ。  自分の容姿とテクニックを最大限に活かした一夜の関係は納得ずくのことだった。でも彼の人生に何かしらの爪痕を残せたと思っていたから、直後に結婚の話なんて寝耳に水で……地味にショックだった。  隣国の姫君は、きっと彼の隣に立つに相応しい豊富な魔力を持っているんだろう。王族は基本的に魔力が多いらしい。  凍てついた表情のカシューン魔法師長だって、惚れた女には優しく微笑んだりするのかもしれない。夜はきっと、僕が一度見たあのアメシストの瞳を蕩けさせて……いや、これ以上の想像はやめよう。  考え込んでいたせいで仕事に戻るのが遅れそうだ。 「ちょっとウェスタ! どこほっつき歩いてたのよ。魔力なし(ノンマジ)はさっさと仕事して〜」 「ほんとだよな。普通の人の倍は働いてもらわないと、いる意味ないってのに……」 「す、すみません……」  ウェスタというのは僕の名前だ。平民なので姓はない。  職場は国立の治療院で、受付や雑用をして働いている。治療に携わることはできないし、別に自ら望んで治療院で働き始めた訳ではない。ただ、働き口がここしかなかったから勤めているだけだ。  なぜなら、僕には魔力が()()()()()()。多かれ少なかれ魔力を持っている人がほとんどのなか、稀に全く魔力を持たない子どもが生まれてくる。だいたい数百人にひとりの確率らしい。  この国で魔力を持たないというのは、かなり可哀想な目で見られる。というか、劣等種として馬鹿にされることが多い。ノンマジなどという差別用語が存在するくらいだ。  人々の生活には魔導具が欠かせない。魔法を使えなくても料理をするために火を熾したり水を出したり、空気を循環させるために風を起こしたり……そういったことが簡単にできるよう、昔から少しずつ魔法使い様が魔力を原動力とした魔導具を開発して広めてくれているのだ。
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