序章

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序章

 幼い頃から見る夢がある。  頻繁にその夢を見る時もあれば、数ヶ月間が開くこともあった。最初にその夢を見たのがいつかもう覚えていない。おそらくまだ物心も付いていない頃であっただろう。  夢の中で翼妃(つばき)はいつもある部屋に居た。  その部屋には水面のような透明な床があり、常に水の音がしていた。壁は一面金色で、美しい着物を着た女性たちが十数人ほどいた。その女性たちは翼妃の知る日本語ではない、不思議な言語を喋っていた。品のある彼女たちは夢の中で翼妃に和楽器を演奏してくれたり、お茶やお菓子を振る舞ってくれたり、手毬を用いて遊んでくれたりした。翼妃はその夢が好きだった。言葉は通じなかったが、彼女らが自分のことをとても大事にしてくれているのは分かっていたから。  そして、その部屋の御簾の向こうにはいつも、薄っすらと大きな影が見えていた。  ――――龍の影。  明らかに人ではないその大きな影は、御簾の向こうでいつも翼妃を見守っていた。 「あなたは龍神さまに守られているのよ」  幼い翼妃に母は度々そう言っていた。 「龍神さま?」 「水を司る神様なの。まだ分からないかもしれないけれど、翼妃にはこれからきっと沢山不思議なことが起こる。……だから名に翼と付けたの」  母は自分の膝の上に座る翼妃の柔らかな黒髪を撫で、ぽつりと言った。  「龍神さまから、逃げ切れるように」――と。
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