人形少女

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 さあ、縄は炙り終えた。指でなぞってみる。その表面はとても滑らかで、少女は満足そうに頷く。きっと綺麗な後が付くだろう。よし、と、立ち上がろうとしてよろける。長時間座っていたのですっかり痺れている足。気が付かなかった。余程集中していたのか。  どうしようと少し迷ったが、少女は足の痺れが収まるのをのんびり待つ事にした。流石に朝になってしまう事はないだろう。足を揉みながら窓に目をやる。先程までいやらしく少女を嗤っていた月は、今はもう何処かに行ってしまった。これで目撃者はいない。  逢いにいくね。  少女は虚空に向けてそう呟く。祖母の精神はもしかしたらこの場に居て、少女が目的を果たすのをじっと見守っているのだろうか。それとも、祖母が言っていたここより素晴らしい場所で祖父と暮らしながら、のんびりと少女が来るのを待っているのだろうか。少女の頭にべったりと貼り付いている疑問。  ここより素晴らしい場所とは、一体どこであるのか。  その答えについて思い当たる事がある。少女はある日、祖母に尋ねたのだ。  八日目の神様は何をされていたのだろう。  六日目までに世界を創り終え、七日目に休息をとった神様は次の日からどう過ごされただろう。少女の質問に祖母は少し考えて、分からないと首を振った。少女はひどく驚いたのだ。博識な祖母が今迄、少女の質問に答えを与えてくれなかった事などなかった。驚きに少女が黙ってしまったのでその会話はそこで終わってしまった。しかし、今なら分かる。  七日目に一晩、ぐっすり睡った八日目の神様は、きっとこの世界を創っていたのだ。  六日目に完成した最も素晴らしい世界。その模造品を創り、人の模造品を住まわせ、果たして人間になるかどうか、今もきっと試して居られるのだろう。ならばこの世界があまりにも不完全で、あちこちで悲しい事が起こるのは当たり前の事である。模造品、この世界は選別を行う為に創られた偽物。そうして人形達は蠢き、その中で人間と成り得た者だけが本物の世界に迎え入れられる。祖母は人間だった、人形ではなかったからきっと最も素晴らしい世界に向かう事が出来るはず。  少女は人間だった祖母と同じ種類なのだろうか。もしも少女が人形であったなら、きっと何をしたところで再び祖母に逢う事は叶わない。祖母は知っていたのだろう。もしかしたら、神様は少女を永遠に一人きりにさせてしまうかも知れない。祖母はそんな残酷な事を少女に伝えたくなかったから、ただ分からないと答えたのだろう。  少し不安になった心を奮わせ、少女は立ち上がる。足の痺れはすっかりとれてしまった。  ベッドの上に立ち、低い天井の梁にテラテラとした縄を括る。二重、三重と慎重に掛けて、決して途中で解けてしまわないよう厳重に縛った。ベッドから一度降りて、下に降りた縄にぶら下がり体重をかけてみる。大丈夫そうだ、きちんと出来るだろう。  高さを調整し、首を通す輪っかを造る。本当はもう一周、梁に括りたかったがそれだと縄の長さが足りない。少し悩んでもう一度ぶら下がってみる。どうやら解けたりはしなそうだ。安心したものの、念のため結び目を増やす。  ついに準備が整った。
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