人形少女

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 少女は一度部屋の入り口に向かい、ドアを開けて人形達の様子を伺った。下に向かう階段も、そこに繋がる廊下も静まり返っている。家族達の発条は、今しばらく巻かれる事が無いだろう。  音が立たないよう静かにドアを閉め、蝋燭に息を吹きかける。灯りはやはり、少し困った様に揺らめいてから抵抗を諦めた。この家に住む冷徹な人形達なんかより、よっぽど心を感じる動きだ。なるほど、だから温かいのだろう、得心する。  真っ暗になった部屋。目が慣れるまでベッドに座って待っている。少女は祖母と再会したら、先ず何を話そうかと思いを馳せた。  あのザラザラの手で、少女が満足するまでゆっくりと頭を撫でてもらいながら、先ずはランプの内側に手が入らなくなってしまった事を報告しよう。煤を拭きとれる者は居なくなった。少女の手は少し大きくなったのだ。少し身長も伸びた。脚が長くなってしまったのは不満だが、首もまた少し長くなったように感じるのでそれは嬉しい。そこまで一息で喋ってから、祖母に縄の跡を見せるのだ。  暗闇の中、窓から覗く星の明かり。ぶら下がる輪っかがくっきりと浮かぶ。  高鳴る心臓を、数度の深呼吸で落ち着かせ、少女は縄を手にベッドの上に立ち上がった。輪に首を通したところで、ふと不安が過ぎる。  これは、もしかしたら自死なのだろうか。  僅かな逡巡の後、今更、と嘆息する。祖母に再会出来るのならば、逃避だろうが、自殺だろうが構いやしない。  同じ場所にいける。  それだけが唯一、確かな事である。  ベッドの上から床を見下ろす。もう二度とは踏む事の無くなった場所。次に足の裏が当たるのは祖母のいる場所である。暗闇にぼんやりと浮かぶ木目。例え爪先を伸ばしても、それに決して届かないよう丁寧に長さを整えた縄。既に首を通したと言うのに、しかし何故か両手が離れない。  苦痛はあるだろう、重い風邪で病院にかかった時に打たれた注射を思い出す。やはりこの世界は不完全な場所なのだ。救いに痛みを伴うなんて余りにも重大な欠陥である。あの注射はとても痛かったし、今はあの時と同じくらい頭に熱を感じている。しかしだからこそ、もしこの行為によって苦痛が齎されたならば、その先にあるのは救済でなければならない。
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