人形少女

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 するりと身体が弛緩する。もう間もなく両の手は縄から離れ胸の前で固く組まれるだろう。後は跪けば果たされる。いよいよ本当の意味で準備が整ったのだ。  祖母の待つ、素晴らしい世界に向かえる。少女の心を満たしているのは深い感謝の念。  瞳を開け、天を仰ごうとしたその時、 コッ と、ふいに物音がした。  ビクリと身体を跳ね上げる。ほんの些細な音だが、静寂の中で響いたそれは少女を大いに驚かせた。勢いで足元のシーツが前方に滑り、ベッドから外れたのは、少女が嫌悪する穢れた足。踵は空を踏み、身体がブランコのように弧を描き前方に投げ出される。  首を吊る予定である。  瑣末なトラブルに見舞われたものの、どうやら目的は果たす事が出来そうだ。  なのだが、肉体はあくまでも大地を求め、開きかけていた掌は再び緊張し縄を掴んでいる。足がバタついているのは生存本能によるものか。分からない。少なくとも少女は今死にかけていて、何秒か前には確かにそれを望んでいた。  爪先から床までは丁寧に整えられた距離がある。  肉体の赴くまま、少女は苦痛に喘いでいる様にみえるが本当に苦しいのだろうか、痛いのだろうか。今、少女の身に起こっている事は想定の埒外にあった訳ではない。苦痛が信号として届けられているならば、直ぐにでも抵抗を止め、やがて訪れる救済にこそ縋るべきである。少女は未だ縄に其の身を預けていない。  しかしそれも、ほんの数秒の事だった。変わらず両手は縄にかかったままだが、大きく動いていた足は徐々に勢いを失っていく。落ち着きを取り戻したとか、抵抗を諦めたというのではない。単純に疲労によるものだろう。何しろ少女は落ちる前から酷く疲れていたのだから。  動きが小さくなり、身体が下に延びていく。力が抜けていくがあくまで本能的なものである。少女に思考は戻っていない。精神が既に肉体から離れかけているのだろう。薄く開いた瞳は何も捉える事など無く暗い。暗い。  死。  周囲が黒に塗り潰された時、何か大きなものに包まれていくように感じた。それに併せ視界は徐々に白く染まり、葬儀の日に祖母が梱包されていたものはこれだったのかと変に納得する。白い視界には落書きしたような線の群れが踊る。ビビットというか、白と黒の混じらない野生の色達である。具体的な形をなして動くが、何が描かれているのかは分からない。救済が近いのだろうか。足の揺れは未だ感じる。息の苦しさも未だ感じるが、それらは先程まで感じていた、まるで罰を与えられているかのようなものから随分と暴力性を落とし鈍化したものとなっていた。肺臓に残った最後の呼気が抜けた。もう出ない。次に満たすものは新しい世界のもの。力が抜ける、身体が伸びる。
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