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しっとりとよく肌になじむ、薄い桃色の寝巻きを身に付けている。祖母が縫製してくれたもので、首元と袖口に花の刺繍が施されている。その寝巻きは少女にとって、誰にも邪魔されず祖母と居られる時間、幸福の象徴だった。
何しろ今夜は厳粛な気持ちで居続けなければならない。祖母と過ごしたこの小さな部屋。祖母から教わったままに設た滑らかな縄。祖母とおそろいの長い首。祖母に与えてもらった特別な寝巻き。祖母との幸福な思い出を敷き詰めるこの時間。ごく注意深く執り行わなければならない、二度とはない事なのだから。
祖母に会いに行く。それを想うと少女は少しだけワクワクして、それがなんだか可笑しくて、また少しだけワクワクした。しかしながら、この気持ちは厳粛とは程遠いものだと少女は知っていたから、努めて落ち着き払い作業を続けている。ちりちりと指の表面が焼けつく。掌についた擦過傷が消毒されている様な気分だ。ふいに歯医者が処置の前に手を洗う姿を思い出し何だか可笑しい。
お口の中はとても汚いんですから、きちんと歯を磨かなくてはなりません。
ならば歯医者は、口の中に手を突っ込んだ後にこそ手を洗うべきなのじゃないか。まるであべこべである。その矛盾について疑問を持たない辺り、きっと歯医者なんて連中は余り頭がよろしくないのだろう。わざわざ手を清浄にしておいて、汚い場所に突っ込む。綺麗にして、また汚す。唯々諾々と繰り返す。どうにも気が付かないものか、不可解である。少女の考えに賛同したものか、ちょうど窓から口を覗かせた月もニヤニヤと嘲る様に嗤っている。まあどうでも良い事なのだ、歯医者の知能がどうだろうが、どうでも。手指でも口でもない。少女は今日、身体全部を消毒する予定なのだから。そうだ、そうとも。綺麗でなくてはならない、可能な限り綺麗に。
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